専門家がいとも簡単にヘマをやらかす数学の分野 ― 「眠り姫問題」ー賭けバージョンの補足

■ 再び、「眠り姫問題」ー賭けバージョン

 去年3月に書いた『「眠り姫問題」ー賭けバージョン』に修正追記しました。

本記事は、その補足です。先ず、賭けバージョンの設定をあらためて説明します。

 

オリジナルに次の賭けを加える。

眠り姫は目覚めたとき賭けをする。300枚のチップが与えられ、表か裏にチップを賭け、当たるとそのチップをもらえ、外れると回収される。どのように賭けるのがよいか。賭けないチップも回収される。

 もし、表が出た確率を1/2と考えるならば、どのような配分の賭け方(当然すべて賭ける)をしても1回の賭けの期待値は同じ150枚です。一方、表が出た確率を1/3と考えるならば、300枚全部裏に賭けるべきで、期待値は200枚です。賭けの回数は表なら1回、裏なら2回で平均1.5回なので、1回の実験の期待値は、225枚と300枚になります。異なる賭け方をしても結果が変わらなければ、1/2が、結果が変われば、1/3が正しいことになります。二つの賭け方について、次の手順で多数回試行のシミュレーションを行えば検証できます。

(表150、裏150と賭けた場合)

  • 事前確率1/2のコインを投げる
  • 表なら150を得る。裏なら、150を得て、さらにもう1回150を得る
  • 以上を多数回行い、平均を出す。

(表0、裏300と賭けた場合)

  • 事前確率1/2のコインを投げる
  • 表なら0。裏なら、300を得て、さらにもう1回300を得る
  • 以上を多数回行い、平均を出す。

 

■ 表の確率は1/2でも1/3でもよいが、裏に賭けるのが得

 手順を見れば、結果は明白で、実行するまでありませんが、やって見ました。前者は225、後者は300程度と違いました。よって、目覚めの場合の表の事後確率ならば、1/3が正解です。ただ、すぐにわかると思いますが、後者は、表の事前確率を1/2とし、裏で与えられるチップを600としても同じです。ですから、表の確率1/2とするのもアリといえばアリです。アリですが、賭けをしないオリジナルの問題なら、記憶を失ったり、裏の場合は月曜と火曜に2回質問する云々の設定は答えを出すためには不要で、事前確率を尋ねるだけの問題になってしまいます。一方、賭けをするなら、賭けの回数や、1回の賭けの賭け金は重要です。1回の賭け金が同じなら、回数が重要になりますし、1回の賭け金が違うなら、その賭け金が重要です。

 同じことが、実験を始める前に賭けをする場合にもいえます。実験を始める前なら、表の出る確率は1/2なので、どのように賭けても期待値は、同じです。実験前の賭けと実験中の目覚めの時の賭けの決定的な違いは、裏の場合の賭の回数です。実験前は1回ですが、実験中は2回賭けられます。言い換えれば、裏ならチップ600枚が提供されるのですから裏に賭けるのが得に決まっています。1回しか行わない実験前の賭けでも、表に賭けるなら300枚、裏に賭けるなら600枚のチップが提供されるならだれでも裏に賭けます。

 

■ 立場が曖昧だとパラドクスに陥る

 眠り姫問題は、裏の場合2回起こされることをどのように解釈するかで見解が分かれます。賭けの絡まないオリジナル問題では2回も1回も同じと考えても、それはそれでアリと私は思います。月曜も火曜も同じ眠り姫なのだから、一つの出来事と解釈するのは自由です。ただ、それは前述のとおり、事前確率を尋ねられたという解釈であり、問題の奇妙な設定は蛇足ということになります。

 しかし、賭けをするとなると大違いです。2回起こされることは2回チップが提供されることですからね。ギャンブラーなら、表の確率とは、300枚のチップが提供される可能性のある3日のうち1日という意味に考え、1/3とするはずです。あるいは、提供されるチップが表の300枚に対して裏は600枚と考えるなら、事前確率の1/2を期待値計算に用います。どちらも同じです。

 蓋然性の同じ事象を1日(表の月、表の火、裏の月、裏の火の4つある)と考えるのか、コインの裏表(表、裏の2つある)と考えるのか、それはどちらでも構いません。ただし、後者の立場では、表の場合「目覚」という条件付確率を出せなくなります。苦し紛れに、前者の立場が混じりこむとパラドクスに陥ります。一方、後者の立場でもギャンブラーなら、裏のチッブを表の2倍と考えて正しく裏に賭けます。

 

■ レナード・ムロディナウ著「たまたま」2、3章の要約

 数学の世界では、古代ギリシア人がひときわ目立っている。幾何学の天才であるギリシア人は、地球の半径を計算した。しかし彼らはサイコロさえ持っておらず、不確かな見解に異を唱えた。プラトンは「確率の議論はペテン師のすること」といい、またソクラテスも「幾何学で確率や見込みを議論するような数学者は、一流数学者の名に値しない」と述べた。

 世界で初めて書かれたランダムネスの理論の本は、16世紀にジェロラーロ・カルダーノによるものだった。カルダーノは、占星術師、医者であったが、ギャンブルの才能があることに気づき、ギャンブルの世界へと足を踏み入れ、学費のために1000クローネ以上の金をため込んだ。そして間もなくギャンブルの理論を書き始めた。

 カルダーノの洞察は後に「標本空間の法則」という原理にまとめられた。この法則の優れた力の例証がモンティ・ホールの問題である。この問題は、コラムニストのマリリン・ボス・サヴァントのコラムで取り上げられたが、1000人ほどの博士が手紙を書いてきた。その多くはマリリンのコラムの間違いを指摘していたが、正しかったのはマリリンであった。それ以前にも、同種の問題をマーチン・ガードナーが取り上げて「専門家がいとも簡単にヘマをやらかす数学の分野は、確率の理論をおいてほかにはない」と書いている。