数学者がいとも簡単にヘマをやらかすのは何故?( 主観的憶測)

 確率の問題で錯覚しやすいのは、問題の具体的設定を確率の理論に落とし込むところですね。例えば、次の二つの問題の設定は錯覚しやすいです。

  • 問1「私には子供が2人います。一人は女の子です。もう一人も女の子である確率はどれほどか?」
  • 問2「私には子供が2人います。上の子は女の子です。下の子も女の子である確率はどれほどか?」

 確率の理論には、独立性とか従属性、加法定理やら乗法定理やらいろいろありますけど、まあ、常識的に分かり、それほど難しいものじゃありません。ある出来事の確率とは、可能性のある出来事総ての数に対するその出来事の数です。可能性のある出来事に条件を付けて絞ったものが条件付確率です。別にベイズの定理とか知らなくても大丈夫です。むしろ知らない方がいいくらいです。それだけのことなので、連続量でなければ四則演算ができればだれでもできます。私の知らない高度な理論もあるかもしれませんが、確率クイズ程度を解く分には要りません。高等数学を使うクイズなんてのは、面白くありませんからね。

 厄介なのは、出来事の数え方ですよ。この部分については確率の理論は教えてくれませんからね。数えた数字の処理について、数学は教えてくれますけど、処理に使う数字自体は矛盾がなければどんなものでもいいんですから。確率の問題の具体的設定を確率の理論が適用できる数字に翻訳する部分は、数学者の考える範疇の外なんじゃないでしょうか。数学者は出来るだけ多様な設定に対応できる理論の構築に腐心しますけど、どの理論を使うのか決めるのは、具体的設定の問題を解きたい人ですからね。数学者と具体的問題を解きたい人は違う場合が多いです。

 私は、建築技術者だったので、建物の構造計算を始める前に、現実の建物に計算が適用できるようにモデル化を行っていました。現実の建物の柱は例えば、80cm角の断面の立体ですが、1次元の針金みたいなものに大胆にモデル化します。そんないい加減なモデル化でいいのかと最初は心配になりましたが、経験を積むうちにまあ大丈夫と分かってきました。モデル化の妥当性の確認に感度解析などをすることもありますが、支障がなかったという経験に負う所が大きいです。もっとも、今までの経験にないことが時々起こるので、難しいのですが。それはともかく、モデル化してしまえば、数学者が考えた計算が使えます。この計算方法は極めて汎用性が高いので、建築分野以外の様々な分野で利用されています。計算では、現実に存在しない物性を持った材料を使うことも可能です。現時点では実現不可能な建築も想像上の世界では建築できます。

 このように、数学は強力です。しかし、モデル化については何も教えてくれません。建築技術者が経験と勘で考えるしかないのですよ。そんなあやふやな部分なのに、一番大事な部分だと何かといわれます。適切でないモデル化をすれば、後の計算は無意味になりますから怖いですよ。

 このモデル化に相当するのが、確率問題では、設定の出来事の数え方ではないでしょうか。この部分は、数学者だから得意というわけでもないと思うんですよ。賭け事の問題なら、経験の多いギャンブラーの得意分野です。モンティ・ホール問題は、数学者は間違えても、ギャンブラーはピンとくるみたいです。私は賭け事が嫌いなので単なる想像ですけど。「眠り姫問題」のような非現実的な設定を得意とする職業の分野はないのかもしれません。SF作家や哲学者が一見適任に見えますが、私はむしろ迷宮にはまり込みやすいと思います。何故かと言うと、非現実的な設定に見えて、同型の現実的な問題があるからです。