6年間に1回発生する地震の発生確率は?

 算数教育の専門家らしい滝井章氏のコラムが炎上しました。「1つの機能につき1/10の確率で故障するなら、機能が10個あれば10/10の確率で故障する」と書いてあります。「コインを投げたら、表が出たので、次は裏が出る」に近いレベルの間違いですね。炎上やむなしです。

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 独立事象や従属事象などの確率の基本中の基本を理解していれば、このような間違いは犯さないはずですが、実は、滝井章氏をあまり馬鹿に出来ない前科が私には有ります。その説明のために例題をいくつか作りました。簡単な問題です。なお、確率の和や積の計算よりも、しらみつぶしに根元事象の頻度を数えて、最後に確率にする方が分かり安いので、解答はそのように説明しています。

 

問1-1 サイコロを6回投げたとき、1の目が1回だけ出る確率?

 6回投げた時の目の出方は、6×6×6×6×6×6=46656通り。

  1の目がでる回は1回から6回までの6パターン。

  それぞれのパターンの目の出方の頻度は、 

 1×5×5×5×5×5=3125通りなので、

 1回だけ1の目が出る頻度は、6×3125=18750。

 よって1回だけ1の目が出る確率は、18750/46656=0.402

 

問1-2 サイコロを6回投げたとき、1の目が2回だけ出る確率?

 2の目が出るパターンは、6個から2個選ぶ組み合わせがあり、6C2=6×5/2=15通り。

 それぞれのパターンの目の出方の数は、 

  1×1×5×5×5×5=625

    よって、1の目が2回出る確率は、

  15×625/46656=9375/46656=0.201

 同様に、1の目が3回だけ出る確率は、 

  6C3×5×5×5/46656=2500/46656=0.054

  1の目が4回だけ出る確率は、  

   6C4×5×5/46656=375/46656=0.008

 1の目が5回だけ出る確率は、

        6C5×5/46656=30/46656=0.001

 1の目が6回出る確率は、1/46656=0.000

 

問1-3 サイコロを6回投げたとき、1の目が1回以上出る確率?

  問1-1と問1-2の合計になるが、次の様に考えれば簡単。

 1回も1の目が出ない頻度は、5×5×5×5×5×5=15625。

  よって、1回以上、1の目が出る確率は、

   (46656-15625)/46656=0.665。

 

問1-4 サイコロを6回投げたとき、1の目が出る回数の期待値?

 1回投げた時1の目が出る回数の期待値は、

   1×1/6+0×5/6=1/6。

 よって、6回投げた時は、1/6×6=1回。

 滝井章氏は、この期待値と確率を混同していた可能性がある。

 

問2-1 6本のうち、1本だけ当たりくじがある。1本選んだ時、当たりの確率。

 いうまでもなく、1/6

 

問2-2 6本のうち、1本だけ当たりくじがある。一度に6本選んだ時、当たりの確率。

 計算するまでもないが、6×1/6=1

  滝井章氏は、この確率と混同していたのかも。

 

問3-1 1年間に1回発生する確率が1/6の地震がある。この地震が6年間で1回以上発生する確率

 この問題では、最初から確率で考えた方が分かりやすいかもしれないが、他の問題との関係が見やすいように、頻度で考える。頻度で考えるため、1年間の地震有頻度1回に対して地震無頻度が5回とする。

 6年間の地震有無の頻度総数は、

  6×6×6×6×6×6=46656

 6年間で1回も地震が発生しない頻度は、

  5×5×5×5×5×5=15625

 よって、6年間で1回以上発生する確率は、

  (46656-15625)/46656=0.665

 問1-3と同型の問題だ。

 

問3-2 1年間に1回だけ発生する確率が1/6、2回以上発生する確率が0の地震がある。この地震が6年間で発生する回数の期待値?

 1年間に発生する回数の期待値は、

  1×1/6+2×0+3×0+・・・=1/6

 よって、6年間に発生する回数の期待値は、1/6×6=1回

 問1-4と同型の問題だ。

 

問3-3 1年間に1回だけ発生する確率が1/9、2回だけ発生する確率が1/36、3回以上発生する隔離が0の地震がある。この地震が6年間で発生する回数の期待値?

 1年間に発生する回数の期待値は、

  1×1/9+2×1/36+3×0+・・・=1/6

 よって、6年間に発生する回数の期待値は、

  1/6×6=1回

 

  実は、私も滝井章氏とさして変わらない間違いを犯していました。何かおかしいと思いながらも、6年間に1回発生する地震の発生確率は1/6だと思っていたのです。これは、問自体に不備があります。「地震の発生する確率」だけでは不十分です。期間や発生回数を指定しないと確率は求められません。例えば「地震が1年間に1回以上発生する確率」のように問わねばなりません。そのようにしても、まだ答えは定まりません。上記の問3-2と問3-3は、どちらも6年間で1回発生する地震ですが、1年間で1回以上発生する確率は、1/6と1/9+1/36=5/36と違います。期待値が同じになる確率分布は無数にあります。

 滝井章氏のコラムの「1/10の確率で故障」という表現も「地震の発生確率」のように、不十分です。「1万時間運転した時、1回以上故障する確率」とか「耐用年数の間に1回以上故障する確率」のようにいう必要があります。1万時間で1回以上故障する確率と2万時間で1回以上故障する確率は違いますから、「1/10の確率で故障」では、意味不明です。確率は、(確率を考える事象の頻度)/(すべての事象の頻度)なのに、すべての事象の条件がないのです。

 前述の様々な問題のうちどの問題を考えているのか、自分でわかっていなければ、間違うのは当然です。解答を考える以前に、問題をわかっていなかったのです。

 

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モノポリーのバンカーと財務省

モノポリー

 人生ゲームより歴史のあるモノポリーというゲームがあります。私はしたことがありませんが、Wikipediaの説明では次のようなゲームです。

モノポリー(英語:Monopoly)は20世紀初頭にアメリカ合衆国で生まれたボードゲームの一つである。プレイヤーは双六の要領で盤上を周回しながら他プレイヤーと盤上の不動産を取引することにより同一グループを揃え、家やホテルを建設することで他のプレイヤーから高額なレンタル料を徴収して自らの資産を増やし、最終的に他のプレイヤーを全て破産させることを目的とする。

 

■バンカーの役割

 モノポリーではプレイヤーの他にバンカー(銀行役)がいます。バンカーは、ゲームの最初にプレイヤーにお金を配分します。さらに、ゲームの進行中にも配分したり、回収したりします。プレイヤーは互いに、他のプレイヤーを破産させて、自分の資産を増やすために競争しますが、バンカーは争いには加わりません。またプレイヤーは破産(ゲーム離脱)しますが、バンカーは破産しません。ゲームに使うお金をバンカーは提供しますが、不足すれば、そこら辺の紙切れに金額を書き込んでお金としても構いません。

 

■バンカーがプレイヤーになれば

 もし、破産しないバンカーがプレイヤーとして参加すれば、勝つに決まっていますのでゲームにはなりません。ところが、現実の世界では、財務省というバンカーが国民というプレイヤーを破産させてゲームに勝とうとしています。ゲームでは資産を独占して終わりですが、現実の世界では独占した資産を財務省は増やすどころか、維持もできません。なぜなら、財務省はお金を発行するだけで、実物資産を生み出し維持する能力は持たないからです。つまり、ゲームの終わりがこの世の終わりということになるかもしれません。恐ろしいことです。

 

■お金と資産

 モノポリーが人生ゲームより現実に近いのは、お金の独占を目指すのではなく、資産の独占を目指すところで。お金は、そのための媒体に過ぎません。現実の世界でもお金だけ持っていても仕方ありません。例えば食料が無くなれば、飢え死にしてしまいます。食料のような実物資産を生産する能力は必須です。現実世界でも独占を目指す傾向があるようですが、社会全体としては、独占は良くないとされています。ただ、モノポリーはゲームを面白くして決着を付けるためにそうしているわけです。しかし、バンカーもプレイヤーとして参加させては、ゲームとしても面白くもなんともありません

 

■ゲームのバンカーより酷い財務省

 また、バンカーはお金の提供を主体的にコントロールしません。サイコロを振って進んだゲームボード上の指示に従って行うだけです。その結果、資産の独占が行われ、ゲームは終了します。勝者以外のプレイヤーは悲惨ですが、少なくとも、1人の勝者はいます。現実の世界では、ゲームを終わらせることなく、すべての国民が資産を増やすように、お金の提供や回収をコントロールします。それが経済政策です。ところが財務省は、財政黒字を達成するため、お金を回収しすべての国民を破産させようとしており、ゲームを上回る惨状を目指しているんです。さきほど、この世の終わりになるかもしれないと書きましたが、人間はしぶといので振り出しに戻るだけかもしれません。それでも十分すぎる惨状ですけどね。

眠り姫問題をとにかく数えて解く ― 頻度主義と頻度主義とは異なる何やら良くわからない主義

 私の知る限り、ある出来事が起こる確率とは、「ある出来事の数」/「すべての出来事の数」です。なお、条件付確率では分母が「条件を満たすすべての出来事の数」になります。

 確率の和や積の法則を使って考えるより、多数回試行をして、これらの出来事をとにかく数え上げて、最後に割り算して確率にした方が、圧倒的に分かり安くなります。

分かり安いだけでなく、計算する確率の解釈が明確になります。人によって違う解釈をしている場合、その違いも明確にわかります。一人の人間で異なる解釈をしてしまい混乱することも少なくなります。

 ということで、モンティホール問題と眠り姫問題の多数回試行を数えると、次のような表で表せます。

 モンティホール問題では、a,b,cの三つのドアのうちの一つが当たりです。300回試行すると、それぞれのドアが当たりである数は、どれも100回です。従って、aを選んだ場合の当たりの確率は、100/300=1/3です。問題が問うているのは、回答者が選ばなかった2つのドアのうち、外れドアを出題者が開けた場合、開けなかったドアに選択を変えた場合の当たりの確率です。表に示すように、aが当たりの場合は、変えれば当然100回全部外れです。bが当たりの場合は、変えれば、100回全部当たりです。Cが当たりの場合も同じです。従って、変えた場合の当たりの確率は、(100+100)/(100+100+100)=2/3となります。

 重要なのは、出題者が必ず外れドアを開けることです。これは、結局、回答者が2枚のドアを選び、出題者がそのうちの外れドアを取り除いてくれるのと同じです。出題者が適当にドアを開き、たまたま外れドアだった場合は全く違ってきます。この場合は、出題者が当たりドアを開ける可能性もあり、外れドアを開ける数は100回の半分の50回しかありません。従って、2番目の表のようになり、選択を変えた場合の当たりの確率は、(50+50)/(100+50+50)=1/2です。これは、出題者がたまたま外れドアを開けた場合の条件付確率ということになります。モンティホール問題を紹介しているものの中には、この重要な点が曖昧なものがあって、混乱を引き起こしています。

 眠り姫問題では、200回試行すると、表と裏が100回ずつでます。表が出た100回のうち、月曜日は100回目覚め、火曜日は1回も目覚めません。また、裏が出た100回のうち、月曜日も火曜日も100回目覚めます。従って、目覚めた場合に表である確率は、100/(100+100+100)=1/3です。なお、月曜日に表である確率は、100/(100+100)=1/2です。

 眠り姫問題の巧妙なところは、目覚めていることが条件ではないようにカムフラージュされていることでしょう。あるいは、「目覚めている場合に表である条件付確率」と明確には述べていないので、表が出る事前確率を尋ねられたと解釈することも可能な曖昧な質問になっています。しかし、目覚めた眠り姫が「今日は、火曜日である。表である確率は」と尋ねられたら、表である事前確率を尋ねられたと解釈する人は稀だと思います。それからすると、オリジナル問題も、目覚めた場合の条件付確率を尋ねられたと解釈するのが自然だと思います。

 違う解釈をしているなら、答えが違うのは当然です。更に、相手も同じ解釈をしているとお互いに思い込んでいれば、論争に決着がつくはずもありません。また、1人の頭の中で異なる解釈が入り混じっていれば、パラドクスに見えてきます。このような混乱を多数回試行の数を数えることで避けることができます。

 ところで、確率統計の世界には頻度主義とベイズ主義があるという説明があります。これが、私には、全く理解できません。眠り姫問題も計算機を使って多数回試行すれば1/3という答えが出てきますが、それは頻度主義で考えているからそうなるのだと説明を見たことがあります。異なる考え方をすれば、そりゃあ違う答えになるだろうとは思いますが、それが一体何を表しているのか私にはさっぱりわかりませんね。単に事前確率を考えている場合が多いようですが。

黒いうどん ― しつこく眠り姫問題

 子供の頃に読んだ小話です。

 

「このうどん黒いよ」

「そばだからだよ」

「離れても黒いよ」

 

 ダジャレですが、眠り姫問題の決着の付かない論争に似ています。「そば」を麺類の蕎麦と解釈する人と、位置の「傍」と解釈する人で話が食い違うのは当然で、さらに一人の頭の中で二つの解釈が区別できないと奇妙なパラドクスになります。

 

 「目覚めたときに表である確率」の解釈もいろいろです。一つの解釈は、「目覚める可能性のある日数(3日)に対する表が出た後に目覚める可能性のある日数(1日)の割合」です。目覚めた場合の条件付き確率になります。もう一つの解釈は、文字通りに、コインを投げた時に表が出る確率です。条件がない事前確率になります。このどちらの解釈かはっきりすれば、論争になるような難しい確率の問題ではありません。

 

 ただ、解釈の自覚があるつもりでも、途中でぶれてしまうのが眠り姫問題の落とし穴です。例えば、目覚めた時に眠り姫には新しい情報が与えられていないので、事前確率と変わらないと考える人もいます。かつての私がそうでした。この考えでは、目覚めているのが総ての事象で、眠っている状態は最初から除外されています。だから、目覚めは新しい情報ではないわけです。そこで、月曜日の場合に表である条件付き確率を考えると、直観と違う2/3となって混乱します。

 

 この考え方の最大の特徴は、起こりうる可能性として、コインの表が出た場合と裏が出た場合の2つしか考えていない点です。月曜と火曜は、コインのどちらかが出た後に、一人の眠り姫が続けて経験する一つの出来事(根事象)という解釈なのです。この解釈は自然と言えば自然ですが、月曜と火曜を分離して考えていないので、月曜である場合の表の確率などを考えることができません。根事象はコインの表裏の二つだけで、曜日や目覚・睡眠の情報に意味ないのですからどう考えても無理です。目覚めたときに質問したことが新しい情報ではないというのは、そういうことです。にもかかわらず、月曜日で有る場合の表の確率を計算するために、途中で方針転換して、月曜と火曜を分離するという首尾一貫しないことをするので、奇妙なことになります。

 

 また、日曜日の夜に振られたコイン表の確率が、その後の眠り姫の目覚めや睡眠によって変わるのが不自然という人もいます。これは、事前確率と条件付き確率の混同による錯覚です。目覚めが、それ以前に振ったコインの表の事前確率を変えないのは当然ですが、条件付確率は、変わります。

 

 目覚め前には、その後起きる出来事に4つの可能性があります。「表が出て月曜に目覚める」、「表が出て火曜に寝ている」、「裏が出て月曜に目覚める」、「裏が出て火曜に目覚める」です。目覚めによって、今日が「表が出て火曜に寝ている」である可能性が無くなります。その結果、今日が表の出た後の日である確率は2/4から1/3に変化します。

 

 AとBのじゃんけん2回戦問題でも、1回戦でAが勝つ確率は、情報が何もなければ、1/2ですが、結果を知っている出題者からAの2連勝は無かったという情報が与えられれば、可能性は4つから3になり、1回戦でAが勝った確率は1/3と見積もりが変わります。仮に、Aが1回戦で負けたという情報が与えられたなら、Aが1回戦で勝った確率はゼロになりますが、不自然どころか至極当然です。

 

 このように、「目覚めたときに表である確率」という言葉から思い浮かべるイメージが違えば、議論は平行線になり、1人の頭のなかで区別できなくなるとパラドクスと感じるのだと思います。これまで度々述べてきたように、主観確率人間原理などの哲学的説明は無用です。ただ、言葉の解釈という点では、哲学の主要なテーマかもしれません。

 

 哲学の専門家からは怒られそうですが、「哲学とは、言葉使いの間違いを見つける学問である」という説明が腑に落ち、気に入っています。土屋賢二氏の「ツチヤ教授の哲学講義」では、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」を喫茶店でのコーヒーの注文に例えてします。お客が「コーヒー」と注文して、お客が心の中にイメージした「コーヒー」と同じものをウェイトレスが持ってきてくれれば「言語ゲーム」は成立します。ところが紅茶が出てきたり、ウェイトレスがコーヒーを飲んだりという間違いが哲学では起こります。原因は、お客とウェイトレスがイメージする「コーヒー」が違うためです。それを解明するのが哲学だそうです。

 

 眠り姫問題でも、心の中で思い浮かべる「コーヒー」のイメージが人によって違っているか、同じ人の中に違うイメージが入り混じっているのだと思います。

2回戦じゃんけん問題(眠り姫問題同型)

 以前の記事にも書いた2回戦じゃんけん問題のアンケート結果です。単純極まりない問題でも意見が分かれるのか気になって、アンケートしてみました。わずか5名の回答では、何も言えませんが、かろうじて両方の意見がありました。これほど単純でも意見がわかれますね。1名だけ1/2と答えていて、その人は次のように考えたのではないかと思います。

「1回戦でAが勝った確率」なら1/2に決まっている、2回戦の勝負が過去の1回戦の確率に影響するはずがない。

 この自然な考えは否定できません。設問には「Aが2連勝しなかった場合にAが1回戦で勝った条件付き確率」ではなく「1回戦でAが勝った確率」としか書いてないからです。Aが2連勝しなかったという情報を使えとは言っていませんからね。解釈は一つとは限りません。

 しかし、現実的な場面では、情報を利用するかしないかで、結果に大きな違いをもたらします。例えば、お金が掛かっているような場合です。1回戦でどちらが勝ったか当てれば賞金をもらえるとしたら、Bに賭けるべきです。勝負の結果の可能性は、AA、AB、BA、BBの4通りありすべて同じ確率です。このうちAAは無く、可能性は3通りに減り、1回戦でAが勝った確率はABの1通りなのでその確率は1/3です。

 一方の1/2の解釈は、次のような意味になります。1回戦の勝負の結果の可能性は、AとBの2通りで同じ確率である。そのうちAが勝ったのはAの1通りなのでその確率は1/2である。この解釈自体は間違いではありません。もし、2回戦を行う前に賭けるならどちらに賭けても同じです。しかし、2回戦が行われ、そしてAの2連勝は無かったという情報が与えられているのなら、その情報を使わないのは、愚策です。

 1/3の解釈が間違いのように錯覚しやすいのは、2回戦の結果が1回戦の結果に影響するように見えるからでしょう。当然、そのような事はあり得ませんが、2回戦までの結果が出た後で、その結果を知っている出題者が、起こらなかった結果の一つを教えてくれたわけです。モンティ・ホール問題で司会者がハズレのドアの一つを教えてくれたのと同じです。その情報で確率が変わるなら利用しない手はありません。極端な場合、正解を教えてくれたのなら、選択肢は一つです。現実問題での確率の理解は、お金どころか命に係わることもありますからね。

 

 

 

 

「眠り姫問題」で記憶が無くなるのは、曜日情報不明というだけ

■ 条件付確率の条件は、因果関係の原因でも、順序関係の先でもない

 前の記事は、数式が多すぎました。数式を追わなくても、八分表をみればわかる簡単なことですが、今回は、できるだけ言葉で、何故「眠り姫問題」は錯覚しやすいのか説明してみます。

 条件付き確率では、「Aが起きる場合に、Bが起きる確率」も「Bが起きる場合に、Aが起きる確率」も考えます。このことからも、AとBには因果関係も順序関係もないことは明白です。例えば、感染症検査で「陰性の場合に感染している確率」は、感染の事前確率より小さくなるのが普通ですが、陰性になった結果、感染しにくくなったのでないのは言うまでもありません。感染していなければ陰性になりやすいので、陰性者の中の感染者は少ないということ以上の何も意味しません。これに異論を唱える人は稀だと思います。

■ 眠り姫問題は、条件付き確率と考えにくい

 眠り姫問題も「目覚めた場合に、コインが表の確率」という条件付確率を問われていると考えれば、簡単に答えられます。表であれば、実験者が裏の場合の半分しか起こしてくれないので、目覚めた場合に、表で有ることが少なくなります。そのため、表の確率が1/3になるのは何の不思議もないのですが、そのように考えにくいのです。「目覚め」を条件付確率の条件と考えにくいのです。何も条件は付いておらず、表の事前確率と同じ、と考えてしまうのです。何故なのでしょうか。

■ 眠り姫問題は、多数回試行で数える対象を錯覚する

 感染症検査問題と眠り姫問題には、設定に微妙な違いがあります。検査問題では、多数回試行で考えやすくなっていて、一人の確率を考える代わりに、大勢の検査で考えることができます。例えば、感染の事前確率1/2だと、1000人が感染し、1000人が感染していない集団と考えることができます。この集団を検査すると、非感染者は1000人全員が陰性になり、感染者は500人が陽性、500人が陰性となるとします。この例では、陰性の場合の感染の確率は500/(1000+500)=1/3と困難なく考えることができます。

 一方、眠り姫問題では、「表が出た500人の眠り姫と裏が出た500人の眠り姫がいる」というところまでは考えやすいです。しかし、その後、「表が出た500人は1回だけ起こし、裏が出た500人は2回起こす。起こされた場合に表である確率は」と問われた時、500回/(500回+500回+500回)と考えにくくなっています。回数ではなく、500人/(500人+500人)と人数で数えたくなります。記憶を失い別人格になったようでも、1人の眠り姫が2回起こされただけですからね。

■ 記憶が無くなる設定は、なくてもよい

 しかし、記憶を無くさなくてもよいのです。記憶を失わないならば、起こされたときに眠り姫には曜日が分かるので、月曜日なら1/2、火曜日なら0と答えられます。そして、月曜日に答えるのは1000人で火曜日に答えるのは500人ですから、平均は、(1000×1/2+500×0)/(1000+500)=1/3です。記憶をなくす代わりに、表の確率の平均値を問う問題にすればよいです。

 ただ、「確率の平均値」は、問題文に簡潔に表現しにくいのですね。眠り姫問題では、記憶をなくすという非現実的設定によって、曜日の情報を消し去って、月曜と火曜の平均を問う問題になっています。

■ 「眠り」は、条件だとすぐにわかる

 眠り姫問題にはさらに考えにくくする仕掛けがあります。「寝ている場合に、コインが表である確率は」という問を考えさせないようになっています。考えてしまったら、「コインが表の確率は1」と簡単に分かってしまいますからね。眠っている眠姫には、尋ねられないという点をうまく利用しています。

 記憶が無くなる設定は、曜日情報がないとして考えよというだけのことです。主観確率やら人間原理やらは不要です。

「眠り姫問題」について、長々と書いてきたことを簡潔にまとめる、つもりが

 「眠り姫問題」について、昨年から、いろいろ書いてきました。今年は、主に、何故パラドクスのように感じるかについて見解を述べてきました。区切りとして、簡潔に述べます。

 

 パラドクスだと思う原因は、表である事前確率と月曜日の場合の表の事後確率と目覚めの場合の表の事後確率が同じであるはずという思い込みです。以上、終わり。

 

 ちょっと簡潔過ぎたので、前言を翻して、例によってくどくど説明します。

 

■ 普通に解く

 パラドクスと錯覚する原因について述べる前に、普通の解釈を示します。先ず、用語の説明から。

  • 根源事象眠り姫問題」の問題設定には3つの状態があります。コインの表裏、月曜か火曜か、目覚めか睡眠かの3つです。この組み合わせで根源事象は8つになります。例えば、「表かつ月曜日かつ目覚めている確率(表月覚)」などです。
  • 事前確率他の二つの状態について限定しない場合の一つの状態の確率を事前確率と言います。例えば、「表である確率」などです。
  • 条件付き確率他の状態について条件を付けたものが条件付き確率です。例えば、「月曜日で有る場合に表である確率」などです。

 

  これ以降、次の記号を用います。

 :表

 :裏

 :月曜日

 :火曜日

 :目覚め

 :睡眠

 

 これらの確率は、問題の設定から求められます。根源事象のうち、(FTA)、(FMS)、(BMS)、(BTS)の確率は、問題の設定からすぐに0とわかります。F、B、M、Tの事前確率も1/2とするのが自然です。つまり、

表の事前確率:

 (FMA)+(FMS)+(FTA)+(FTS)=(FMA)+0+0+(FTS)=1/2

裏の事前確率:

 (BMA)+(BMS)+(BTA)+(BTS)=(BMA)+0+(BTA)+0=1/2

月の事前確率:

 (FMA)+(BMA)+(FMS)+(BMS)=(FMA)+(BMA)+0+0=1/2

火の事前確率:

 (FTA)+(BTA)+(FTS)+(BTA)=0+(BTA)+(FTS)+0=1/2

また全事象の確率は1なので、

 (FMA)+(FTA)+(BMA)+(BTA)+(FMS)+(FTS)+(BMS)+(BTS)

= (FMA)+0+(BMA)+(BTA)+0+(FTS)+0+0=1

 以上より、0以外の根源事象の確率は、計算でき、

 (FMA)=(FTS)=(BMA)=(BTA)=1/4

になります。

 また、目覚めの事前確率は、

 (FMA)+(FTA)+(BMA)+(BTA)=1/4+0+1/4+1/4=3/4、

睡眠の事前確率は、

 (FMS)+(FTS)+(BMS)+(BTS)=0+1/4+0+0=1/4です。

 

 これらをまとめたのがこれまでも度々示してきた八分表です。今回は下図のように立体的に表現しました。条件付き確率は、八分表からわかります。

 例えば、月曜という条件での表の条件付き確率は、1/4÷(1/4+0+0+1/4)=1/2です。

 目覚めという条件での表の条件付確率は、1/4÷(1/4+0+1/4+1/4)=1/3です。

 これ以外の解はありません。ただし、眠り姫は「目覚めという条件での表の条件付確率」ではなく、目覚めた時に「表の事前確率」を尋ねられたという解釈も可能です。そういうあいまいさが問題文にはあります。

 

■ パラドクスに陥る

 次に、パラドクスに陥る考え方を示します。

 上記、普通の解釈の結果1/3に違和感がある人が多数です。私も第一印象はそうでした。これは結局、事前確率と同じになるはずだという思い込みによるものですが、1/2にすることも可能です。次がその解釈です。

 寝ている時に眠り姫に意識はなく質問を受けないので、目覚めの状態だけ考えればよい。つまり、(FM)、(BM)、(BT)が根源事象である。FとBの事前確率は1/2なので、(FM)=1/2、(BM)=(BT)=1/4である。これらは総て目覚めの状態なので、目覚めている場合の表の確率も1/2である。だが、まてよ、月曜日に表である確率は1/2÷(1/2+1/4)=2/3になる。あれ?

   そこで考えなおします。

 月曜日に表である確率を1/2にするには、(FM)= (BM)=(BT)=1/3とすればよい。あれ、表である事前確率が、1/3÷(1/3+1/3)=2/3になっちゃった。

 この混乱の原因は、「表の事前確率」と「月曜日の場合に表である条件付き確率」と「目覚めの場合に表である条件付確率」が同じであるはずという思い込みです。これらが一致するのは、3つの状態の事前確率が互いに独立な場合のみで、普通はそれが成り立ちます。ところが眠り姫問題の設定では、眠り姫は、恣意的に目覚めさせられたり、眠らされたりしていて、独立ではありません。一致しないのは当然です。

 つまり、上に示した解釈はパラドクスではなく、問題の設定に合っていないだけです。問題の設定に合うようにするには、睡眠かつ表かつ月曜日を根源事象に加える必要があります。この場合でも、目覚めの場合に表である条件付確率と表の事前確率は同じにはなりません。このことに違和感があるため、あれこれ考えますが、どのように考えても、一致するはずはないのですね。