■従来の知見を覆す報告
原子力情報資料室のサイトに「国際核施設労働者調査(INWORKS)の最新報告~低線量率・低線量被曝の健康リスクがさらに明らかに~」という記事が掲載されています。菊池誠さんと鴨下全生さんの4時間余の対話で言及された報告です。
この報告が正しいのか報告そのものを読んでいない私には分かりませんが、この報告が正しいとすると今までの放射線防護を大幅に見直す必要がある内容だと思います。最初にこの報告を知った時は、疫学的に確認が困難だったLNT仮説を確認しただけと思いましたが、違っていました。なんと低線量域の方が、影響が大きいというLNT仮説を否定するものでした。図1がその結果で、従来の図2とは異なります。傾きの異なる二本の直線で近似できそうで、少ない量の方が大きな影響がある範囲があります。かつての環境ホルモンを思い出しました。
なお、図1は、縦軸の相対リスクが0からではなく0.8から描かれていることに要注意です。追加線量によるリスク増が強調されています。
■疑問1 等価線量と吸収線量
報告そのものは読んでいませんが、原子力情報資料室の記事だけみるといくつか疑問があります。先ず、等価線量(シーベルト)ではなく吸収線量(グレイ)を使っていることです。両者はほとんど同じですが、等価線量は臓器への影響による重み付けをしている違いがあります。死因のがんの種類に偏りがあれば結果に影響しそうですが、この点は大した影響ではないかもしれません。
■疑問2 低線量のリスクが大きい
第二の疑問は、従来から疫学的に確認できていたはずの100mGyから200mGyの影響も大きくなっていることです。今まで疫学的に確認できなかった100mGy未満を確認したというだけでなく、従来と異なる影響を確認したという報告なのです。少なくとも、どちらかが間違っていることになります。どちらが間違っているか私には分かりませんが、仮にこの報告が正しいなら、追加線量は少ないほど良いとはならず、影響が最小になる範囲にすべきとなってしまいます。ラドン温泉俗説みたいに、適度に放射線を出す原発が健康によいとは思えませんが。
そして放射線防護上非常に厄介なことになります。追加線量は少ないほど良いのではなくなり、200~300mGy程度に維持する必要が出てきます。あるいは完全に0にするかです。ところが、グラフを見ると、追加線量0で相対リスク1.0に向かっているようには見えません。追加線量0の時の相対リスクは1.0ですから、低線量部分のグラフはかさ上げされてしまっている疑いも出てきます。
■疑問3 追加線量のリスクを分離できるのか
最後の疑問は、本当にこんな低線量の影響を疫学的に確認できるのかです。数十万人の労働者を追跡調査すれば0.5%以下のがん死亡の増加全体は検出できるでしょう。それが原子力情報資料室の記事で強調されていることでもあります。しかし、それはバックグラウンドと追加線量による死亡の合計です。バックグラウンドのがん死割合は数%の変動があります。追加線量による0.5%未満の死亡率の増加は変動にかくれて見えないのではないでしょうか。
同じことがグラフの横軸にも言えます。追加累積放射線量が正確に把握できるのでしょうか。バックグラウンドの線量も結構変動します。線量バッジで個人の被曝を計測してもそれには変動する自然放射線も含まれており、追加線量だけ分離することができるのでしょうか。
調査人数を増やせば相対リスク(がんによって死亡する人の割合)は精度よく計算できるでしょう。しかし、その相対リスクにはバックグラウンドと追加線量によるものがあって、追加線量による追加相対リスクは、バックグラウンドの変動よりはるかに小さいですからね。