知事の仕事

 知事の仕事は多岐にわたりますので,個々の事柄を詳しく知るのは困難ですし,その必要もありません。それらについては専門家の意見を聞いて判断するれば済むからです。専門家といってもピンキリですから,信頼できる専門家でなければなりませんが,その見極めも知事の能力の一つだと思います。知事の能力とはブレーン等の進言を総合的に評価判断する能力と言えるでしょう。

 かつて,「俺は原子力に詳しいのだ」などと言っていた首相がいましたが,トップの言動としては好ましくありません。所詮,生兵法ですし,物事はあちらを立てればこちらが立たずというトレードオフの関係にありますから,一つの事柄を完璧にこなすために,他の問題を無視する危険が大きくなります。

 一般的に上司は部下から悪く言われます。上司は部下を管理しなければならず,管理することは,部下の意思に反することもしなければならないからです。上司は一人の部下だけでなく,多数の部下の管理をしなければならず,部下のあずかり知らぬ問題も処理しなければなりません。その最たるものが政治家であり,最も批判されることが多い職業です。多数の陳情に応えることは不可能で,満足よりも不満を感じる人の方が多いでしょう。専門家の意見自体が分かりにくいのですから,その総合調整はさらに分かりにくく,一般受けしませんが,それ実行するのがプロフェッショナルの政治家だと思います。

 ところが,世の中全体に不満が増えてくると,一つの不満に応えるだけでもかなりの支持を得られるようになります。それをうまく利用したのが,小泉政権民主党政権だったと思います。分かりにくい総合的判断よりも,歯切れがよいのもメリットです。半面,素人っぽい印象がありますが,庶民目線で親しみやすいともいえます。そして,結果はご存知の通りですから,結果論かもしれませんが,大衆迎合であったのではないでしょうか。これらの素人政治家に共通するのは,政策を進めるよりも,政策の破壊です。政策には欠点もありますので,当然批判もあります。その批判に応える仕事ばかりしていた記憶があります。批評家的というか野党的というか,あら捜しばかりで,代替の政策が機能せず,状況を悪化させました。

 小池知事にもその傾向を感じます。次に示すのは小池都政の「都民ファースト」のスローガンです。

「一度決めてしまったことだからから」
「もう作ってしまったのだから」
「既定路線だから」
何も考えなくてよいという都政は行いません。
これまでの決定等で,
都民ファーストに基づいていないものは,
都民目線で情報を公開し,経緯を明らかにする。
都民の利益を第一に考え,時に政策を変更する。

 スローガン自体は全くの正論ですが,正論過ぎて具体性がありません。「都民ファースト」や「都民の利益第一」は今までの都政だって同じはずです。政策を変更すると具体的にどのような都民の利益になるのかが分かりません。結果的に,既定路線を破壊しただけで,廃虚だけが残るのであれば都民の利益にはなりません。

 豊洲市場の問題については,築地市場と大いに関わっているのは言うまでもなく,環状2号線や築地跡地の利用などと関わっています。これらを総合的に判断する必要があり,移転を延期した場合の被害も考慮しなければなりません。

 さて,総合判断を小池知事に成り代わってやってみます。といっても,今までの豊洲市場関係の記事ですでに述べていることをまとめるだけの大雑把なものですが,まずはその見積もりも必要でしょう。

 まとめるのは,豊洲に予定通り移転すれば,どの程度の食品安全上や施設の耐震安全上の危険が生じ,それに対して,移転を延期すれば,築地市場の食品安全上や施設の危険が未解決のままになり,都市交通,東京オリンピックにどれだけの悪影響を与えるかの比較です。

1.建物の耐震性

 建物の耐震安全性については,豊洲市場は心配ないと判断します。建築確認の他,多くの専門家が問題ないと言っています。一部の専門家が危険性を指摘していますが,その主張は納得できるものではありません。私自身,建築の専門家として彼らの主張は信用できないと判断します。理由については過去記事を参照ください。築地市場については,耐震性がないことについて議論はありません。耐震安全性については,豊洲に移転すべきです。

エキスパンションジョイント
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161029/1477692713
豊洲市場 第2回市場問題PTの感想
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161027/1477557527
豊洲市場の耐震性
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161025/1477385323
豊洲市場は欠陥設計という批判について
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161012/1476263880


2.土壌汚染の危険性

 土壌汚染の危険性は専門外なので自信をもって断言出来ません。しかし,素人ながらに調べたことや,専門家委員会の委員の発言から,健康上の実害が出る心配はないと判断します。理由については過去記事を参照ください。

知らぬが仏 − 安全と安心
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161113/1479001906
豊洲市場の地下空間の水銀蒸気の量
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161021/1477006961
もうだめだああああ − 最低基準、環境基準、指針
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161018/1476779695
環境基準
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20161004/1475570369

 問題になっているのは,非常に厳しい上乗せの対策を約束したけれども,それが果たされていないのではという手続き上の不備の問題であって,健康被害の恐れではありません。一方,築地市場の労働環境はベンゼンアスベストが問題視されています。ただし,労働環境の問題であって,そこで扱う食品への影響はほとんどないと思います。理由は,過去に生じていないからです。築地市場で食中毒の恐れが心配されたのは,有毒な魚が扱われた例くらいではないでしょうか。食品安全上の危険については,築地の方がやや大きいと思いますが,実害が生じるほどではないと思います。

3.施設の機能上の問題

 豊洲市場ではターレーがヘアピンカーブを曲がり切れないなどの指摘がありましたが,市場問題PTで問題無いとの説明がなされました。築地では,そもそもそういうレベルの問題ではなく,2014年には,414件の交通事故が起き、うち152件が人身事故でした。豊洲が100点満点ということは無いでしょうが,築地は問題外というレベルで,比較になりません。築地場内には私も行ったことがありますが,工事現場のような危険を感じました。

4.市場以外への影響

 移転を延期すると,環状2号線などへの影響が出ますが。その大きさについては私には判断できませんが,ひょっとしたら一番大きな影響かもしれません。東京オリンピック時の交通渋滞や駐車場不足などがありそうですが正確には分かりません。公共的な事業以外でも,市場移転を前提に様々なことが進められていたはずで,その延期で大きな被害を受けるのは,市場関係者だけではないでしょう。一方,移転した場合,移転反対の人や,場外市場への悪影響はあるでしょうね。どちらが良いのかはよくわかりません。


 以上より,出来るだけ速やかに移転すべきというのが私の判断です。