八ッ場ダム騒動と小池市場騒動の類似点と相違点

【追記】本日午後,小池知事が臨時記者会見で,珍妙な築地Uターン案「築地は残す。豊洲は活かす」を発表してしまいましたが,発表前に書いた記事をそのままアップします。

 多分,築地再整備はそのうち断念して,市場関係者に再び謝罪するか,5年後のことなので知ったことではないという,都議選までのその場しのぎの計画だと思います。その場しのぎとは,本文に書いたように,残留派の支持を当面維持するためですが,既にリーク情報時点で,残留派の反応には「デマだ。ありえない計画」というものが目立ったので,知事の思惑は半分外れたのではないでしょうか。でも,一般都民の支持率が未だに高いことからすれば半分は有効かもしれないのが怖いなあ。

 豊洲への市場移転延期を知ったとき,ドタキャン感が八ッ場ダムに似ているなと感じたのが第一印象でした。八ッ場ダムは1952年に計画され,その後反対運動によって交渉は難航しましたが,1992年に協定書が締結され,1994年に工事用道路建設が始まりました。2001年には,用地買収の保証基準が妥結し,移転代替地の分譲価格も交渉は難航したものの2005年に妥結しました。反対はあったものの,長い交渉の結果,住民も合意し,いよいよ本体工事入札という土壇場で,政権交代があり,2009年に前原国交相は事業中止を宣言しました。この判断は,住民の意見を聞くことなく大臣の一存で行われたため,関係者の反発を招き,世間を騒がす一大騒動に発展したのはご存じの通りです。結局,国交大臣が再び変わった2011年に国交省関東地方整備局事業評価監視委員会は八ッ場ダム事業継続の答申をおこない。国交相も建設再開を表明しました。この騒動で多くの関係者が被害を被りました。

 当時の民主党はダム中止をマニフェストに掲げており,実施するのは当然と言えば当然でした。反発もあるでしょうが,ダムは賛否がある政治問題ですので,承知の上の中止宣言だったと思います。しかし,議論中のダムの中止ならまだしも,交渉も終わり住民も合意し,付帯工事も行われ,住民の引っ越しも進んでいる土壇場でひっくり返したため,大騒動になりました。政権が変わったとはいえ,事業の継続性を全く無視すれば,大きな被害,損害が発生することを軽視していたと言わざるを得ません。理念ばかりで現実の事業執行を知らない実に素人っぽい判断であったと思います。

 長い交渉結果の決定事項の破棄,政権交代直後の事業中止(延期),大臣や知事の独断という類似点が小池市場騒動にも共通していますが,判断の理由が大きく違います。八ッ場ダムではマニフェストの公約であり政治的判断ですが,小池知事の判断は,「食と建物の安全」でした。八ッ場ダムでいえば,地質が弱く危険であるというような技術的判断に相当します。この理由は一般の人に非常にわかり安く,訴えかけます。ただし,本当に危険なのかは専門的事項であり,専門家による検証をするため,八ッ場ダムのような即中止ではなく,延期措置になりました。

 延期宣言以降,小池知事の行動は徐々に奇妙になっていきます。政策判断に比べて,安全性の判断は比較的白黒が付けやすく,専門家は白と判断しました。すると,小池知事は「安全かもしれないが安心ではない」と知事らしからぬことを言い出しました。安心感を都民に与える説明は知事の仕事だろうという当然の批判を受け流して,小池知事は「安心」の確保まで技術の専門家に任せました。知事のようなアナウンスの手段に乏しい技術の専門家は過剰な対策を提案するしかありません。幸いにも建物の安全性については,決着がついたので,その必要はありませんでしたが,地下水対策については,そもそもの計画が「安心」のための過剰な対応であったため,建物のようにはいきませんでした。自然環境である地下水は常に変動していますので,継続的なモニタリングと地下水管理システムによって,変動に対応しながら,目標の環境基準に近づけていく計画であったはずが,必須の最低基準のようにミスリードされてしまいました。最低基準にしてしまうと,自然変動による基準超の度に,市場の業務停止という市場関係者には受け入れがたい事態の可能性が残りますが,移転延期騒動が,その受け入れがたい事態の第1回目だったといえます。

 過剰な対策によって「安心」も得られるのだから,めでたく移転の運びになるかと思いきや,小池知事はなかなか宣言しません。それどころか,知事の周辺から正体不明の珍妙な未確認計画案が出てくる始末です。「築地ブランドを生かして,豊洲と築地に市場機能を」という案です。この案は,市場問題PT小島座長の「市場取扱量が減少しているのに豊洲は過剰」という見解にも矛盾するのですが,なんとそのPT報告書にも矛盾も厭わず,小さく記述されているのでした。

 ここまで来ると,何が何だかわけが分かりませんが,当初の「食と建物の安全」は口実に過ぎないという疑いは事実だったと判断せざるを得ません。何の口実かというと,選挙に有利な世間受けするネタを探るためでしょう。安全が確認された豊洲市場を使わなければ,都民の支持を失うし,かといって築地を売却してしまうと,移転反対の関係者の支持を失います。八方美人の妙案はないかとひねり出したのが,玉虫色過ぎてかえって誰も賛成しそうにない築地Uターン案ではないでしょうか。さすがにいきなりこんな弥縫策をぶち上げるのはリスクが大きすぎるので,リークして世間の反応を見ているのだろうという憶測が飛び交う事態になってしまいました。

 テーマに戻って,八ッ場ダムとの違いですが,民主党は少なくとも政策に従った行動をしました。豊洲市場では共産党も酷いなりに政策としては首尾一貫しています。しかし,小池知事には政策のかけらも感じません。状況に応じて,その場その場で世間とメディア受けする言動を探っているだけです。小池知事が判断できるのは「危険より安全がよい」というような都民が全員一致で賛成するようなことだけです。「市場の在り方」という賛否が分かれ,知事の責任で決断しなければならない政策問題を考える頭はないので,リーク情報で世間の反応を見るしかできないのでしょう。この姿勢を称して「都民ファースト」というのでしょうか。都民ファーストを突き詰めれば,議会の多数決ですべて決めればよく,強力な権限を持つ知事は不要なのですけどね。「いや,議会は腐敗しており,私が都民の意志そのものなのだ」と言えば,完全なポピュリストの出来上がりですが,そうなるかどうかは選挙結果次第かもしれません。

 それはともかく,そんな知事の言動のせいで,市場関係者,退職者も含む都庁職員,設計事務所,建設業者がいわれのない批判を受け,実害を被っているわけですよ。もちろん東京都民もですよ。