食文化と規制

豚肉生食禁止:「生の方がおいしいのに」客から惜しむ声
http://mainichi.jp/select/news/20150527k0000e040219000c.html

店長の本多広大(こうだい)さん(27)は「国には食文化をつぶすしか打つ手がないのだろうか。免許制にすることも可能だったのではないか」と話した。

 豚生食が広まったのは,牛レバーの生食が禁止された以降の代用品としてでした。平成24年7月からですから3年にも満たずに,食文化に昇格したのです。食文化とはなんとも薄っぺらい,いや急速な発展をするものだと驚かされます。伝統的な和食と思っていたものが意外にも歴史が浅いことはよく有ります。若い人はご存じ無いかもしれませんが,生野菜がよく食べられるようになったのは下肥を使わなくなってからです。生食文化を薄っぺらいと感じる老人の私は,子どもの頃の教科書に寄生虫が人糞から下肥を介して畑の野菜そしてまた人体へとサイクルする図が有ったのを覚えています。

 日本の食文化といえばフグ食があります。こんな危険なものでも調理師資格があれば提供出来るのだから豚生食も免許制にすれば良いという声もあるようです。またサバやカキのようにしばしば食あたりを引き起こす食材も禁止されていないのに豚を禁止するのはおかしいという声も記事では紹介されています。

 この様な声は,フグやカキと牛豚の生レバーの違いに対する無知によるものです。牛や豚の肝臓は内部までウイルスや細菌に汚染されている可能性があり,内部まで加熱するしかその対策法がないそうです。カキの養殖場所の水質管理やフグの調理方法のような安全対策を条件にして許可することが出来ないのです。残念ながら。

Q2 完全に禁止しなくても、牛肝臓を安全に食べる方法はないのですか。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syouhisya/110720/qanda.html#q2

 しかし,それを言うならゴキブリやネズミ生食が禁止されていないのは何故でしょうか。また豚生食がこれまで禁止されてこなかったのは厚労省の怠慢なのでしょうか。こんな愚問に答えることもありませんが,一応説明すると,ゴキブリやネズミを食べる人はそんなにいないからですね。豚肉も3年前までは生で食べる酔狂な人は希で,ゴキブリ,ネズミ扱いだったのです。

 つまり,世の中にはゲテモノ食いもいますが,政府はいちいちそんな希な人の面倒をみるほど暇ではありません。政府が規制をしなければいけないのは,多数の被害が発生する可能性のある社会的問題の場合です。「食文化をつぶすのか」と言いますが,人気ある食文化になってしまったから規制されるのです。フグは日本の人気食文化だから調理師資格がありますが,ハブ調理師資格は多分ありません。逆に言うと,「そんなもの食えない」というのも食文化だとみなし,そのような食文化があれば,規制する必要もないわけで,規制が食文化を潰しているのではなく,食文化が壊れてしまったので規制が必要になったともいえます。

 人間は勝手なもので規制を強めると,文化や自由の侵害だと抗議しますし,弱めると危機感がないだの怠慢だなどと批判します。規制強化と規制緩和トレードオフの関係にあって,ちょうど良い塩梅のところに落とす必要があります。一方的に強化が良いとか緩和が良いとか言えるものでは有りませんが,強化に対しては緩和が正しいと,緩和に対しては強化すべきだという反応が多いように感じます。

 良い塩梅を探るには危険性の程度把握が必須ですが,一方的に緩和や規制を主張する分にはその必要はありません。取材で拾われる声には危険性の程度なぞ意に介していないものが見られます。

豚の生レバー、「駆け込み需要」警戒 6月中旬から禁止
http://www.asahi.com/articles/ASH5W65WLH5WULBJ01D.html
 常連客からは「禁止になる前にがっつり食べないとな」と言われたという。

 同様の現象は米牛肉禁輸措置の時にも見られました。過剰にBSEを恐れる一方で,牛丼が食べられなくなると吉野屋に行列が出来ました。実際には危険は殆ど無く禁輸は間違いだったのですが,それを把握して駆け込んだ人がどの程度いたかは疑問です。過剰に恐れるひとと,脳天気に気にしないひとという両極端に分かれているようでした。