金持ち,ケンカし易し

 前のエントリーに関連する話です。

 武力行使には成算が必要だとは,昔から言われています。誰が言い出したのか知りませんが「負ける戦はするな」,「勝てば正義,負ければ犯罪」などの言葉があります。戦争は主義主張の争いのようでいて,結局は実利の争いに帰着するのではないでしょうか。冷戦はイデオロギーの争いの面がありましたが,共産主義では実利が得られないということで決着がついたような気がします。中国が経済面で躍進していますが,これは共産主義の勝利でないことは明らかです。

 その一方で,裁判などでは実利を無視しても,筋を通す争いもあります。損害賠償の10万円を勝ち取るために,100万円の裁判費用を投じたという類です。こういうことが可能なのは,余裕があるからでしょう。死活問題にならないなら,100万円程度の損も出来ます。もちろん,その裁判1件だけの問題ではなく,筋を通すことで今後の実利に好影響があるという長期的判断もあります。その場合は結局,実利を考慮していることになります。しかし,先のことを考える余裕がない状況ではそれも無理です。

 戦争の場合でも,余裕のある強大な国家は,長期的観点から一見損と思われる様な武力行使を行いがちです。芽のうちにつぶせる相手はつぶしてしまいます。そう言う意味では「金持ちケンカせず」ではなくて,金持ちはケンカしやすいと言えます。勝てるケンカなら,多少の出費も負担出来るだけの国力があるからです。

 国際社会では,小国を保護する制度が十分ではありませんから,大国の武力の餌食になりやすい面があります。それに対して,秩序と制度が十分に備わった国内社会では,経済力や武力に乏しい小人といえども簡単にはつぶせません。私の様な小人でも制度に守られているからです。つまり,私は小人だけれども,弱小ではないのです。大企業の社長と裁判で争うことだってやろうと思えば出来ます。そんなことをしたら,社長が放ったヒットマンに暗殺されるかもしれないと心配することもありません。

 ただし,それが出来るのも国家の持つ大きな武力の後ろ盾があるからです。別に,私個人がヒットマンに対抗出来るだけの戦闘力を持っているわけではありません。時々忘れそうになるのですが。