採点競技の解説者

里谷多英の解説
 ソチオリンピック,女子モーグル決勝のハナ・カーニーの滑りを見ていて,上村,遂に銅メダルかとぬか喜びしましたよ。ハナは素人目に分かりやすいミスを2回したのに対して,上村にはミスらしいミスがあったようには見えなかったからです。私は「まあ,採点競技だから仕方無いかな」と思いながらも釈然としない気分でした。ところが,今朝の読売の里谷多英の解説を読んで,なるほどと腑に落ちました。

 決勝3回目でカーニーが第1エア後に犯したターンのミスは,審判からすると大きな減点にならないミスだった。見た目には大きな失敗だったが,1コブ,1ターンで立て直していた。

 確かにそう言われるとカーニーのリカバリー能力はすごいです。多少のミスは即座に修正し,破綻に至らない安定感が,素人の私にも何となくわかるような気がします。

 もう一点,

 表彰台に立った3人の滑りは,今の主流。体の動きで板をスライドさせて,常に上半身の下から足が外れないターンをする。スライドさせるターンというのは本来のスキー技術としてはどうかと思う部分はあるが,上体が安定していて決してぶれないから速く見える。一方,エッジで雪面を切るような愛子の滑りは主流とは言えないが,スキー操作の技術を見れば世界一だ。コブの大きさが変化する中盤で,1,2位のデュフールラポワント姉妹は減速していたが,愛子にはそれがなかった。ただその分,上体がぶれてしまった。審判は上体がぶれないかを見る傾向がある。そこが採点競技の微妙なところだ。

■格好良く滑ることが評価され,格好良いとは,難しい事を安定して危なげなく行えること
 モーグルは誰がコブ斜面を格好良く速く滑れるかという遊びが発祥で,競技も格好良さと速さを競います。その為採点は格好良さの指標のターン点,エア点と速さの指標のタイムの3要素からなっています。

「格好良さ」というのがなかなか面白いところで,速いだけで良いなら,旗門のないモーグルでは直滑降すれば一番速く滑れます。しかしそれでは,危険ですし,いずれ怪我して安定的に結果を出すことは出来ません。単なる無謀です。難しくて危険な事を安定して危なげなく行えるからこそ,格好良く見えるのだと思います。達人と呼ばれるには長い期間安定して成績を残す必要があり,一時的な成績だけではフロックだと言われます。安定感は格好良く見ます。

■タイム点は難しさの評価,ターン点は速さの安定感の評価,エア点はエアの難しさとエアの安定感の評価
 さて,モーグルの場合,難しいことは二つあります。一つは速いこと,もう一つはエアです。これは,出来るだけ難しいことを行った方が評価が高くなります。しかし,ターン点は,難しいターンを行う事ではなくて,速く滑る事を安定的に出来る技術で滑っているかを評価するものです。つまり格好良さを構成する安定性を抜き出したものです。エアにも安定性を評価する要素がありますが,それはエア点の中に含まれます。それに対して速さは,難しさと安定性が分離してタイムとターンになっています。

 カービングターンは速く滑れるので使われるだけで,難しさが評価されるのではないのです。片足で滑る等の難しいターン技術は他にもいくらでも有りますが,それが評価されることは有りません。ターン点は難しさを除いた安定性(格好良さ)を評価するもので,「上体がぶれない」などの要素に分解されます。「上体がぶれない」のが評価されるのは,経験的なもので,そのように滑るスキーヤーは大抵安定して滑っていて,格好良く感じるからでしょう。格好良いというのは主観的なものですが,全くの趣味,個人の好みというわけでもありません。難しいことを安定的に行えるスタイルを評価しているのだと思います。

■安定感の評価は技術の開発で変化する
 もし将来,上体がぶれながらも,安定的に速く滑る技術が開発され,それが見慣れた光景になると,採点基準は変わる可能性があると思います。カービングターンはそこまでの技術ではなく(カービングターンでも上体はぶれない方が良いだろうから),それなりの減点は当然です。また,ミスをしても一瞬で立て直せるということは,安定感に影響が少なく格好が良く感じます。減点が小さいのも妥当かなと思います。
 ノルディックのジャンプは距離と飛型点で評価されますが,モーグルのタイムとターン点に対応しているように思えます。とにかく遠くに飛べばよいというのでは,危険で無謀な博打になってしまいます。危なげない安定感の評価が飛型点ではないでしょうか。そして,昔はV字ジャンプは飛型点が低かったのですが,V字ジャンプで安定的に長い距離を飛ぶ選手を見ているとそれが格好良く感じます。他の選手にも広がるとルールも変わると言うわけです。モーグルカービングターンはまだそこまでには至っていません。

■格好良さ(安定感)は経験が多いと分かってくる
 タイムは誰でも分かりますが,「格好良さ(安定感)」が分かるには,その競技を実際に行うか,観戦した経験がある程度必要です。ですが,モーグルは仲間内で誰が格好良いかを競う遊びから始まって歴史が短い競技です。そのため,遊び程度の経験でも,「格好良さ」が分かる可能性があります。勘違いかもしれませんが,私も何となく格好よいと感じるスタイルがあります。仲間内の誰かがいつも転ばずに速く滑るのを見ていると,その滑り方が格好良く見えて来るのではないでしょうか。そして,安定的に危なげなく滑れるというのは楽しいのです。難しいだけのことを行うのは求道的意味合いはあるかも知れませんが,楽しくありません。以前のフィギュアスケートの規程はそんなところがありました。
 別に求道的競技があっても良いのですが,観客としては楽しい方が良いですし,さらに,見るだけでなく自分の行う遊びと繋がっていればより楽しいです。 

■格好良さや楽しさと成績
 以前は宙返り系エアは禁止されていましたが,ジョニー・モズリーは評価されないにも関わらず,それを公式試合で行いました。その格好良さは観客にも伝わりました。そして,今では宙返り系エアは当たり前になりました。上村にも通じるものを感じますが,パイオニアはその前の里谷で,彼女は格好良かったですね。歴史の浅いスポーツではその競技を変えてしまうようなパイオニアが現れるので楽しいです。柔道などのように,金メダルでなければ意味がないという息苦しさを感じる種目も有りますが,遊び感覚の競技では,必ずしも成績と格好良さが一致するとは限りません。

 スノボは子供の遊びだと言われて反発し,ステータスを上げるためにオリンピックに出場したと発言する選手もいます。それも一つの方向性だと思いますが,必然的に遊びの楽しさは薄れていきます。

 というような事を考えている内に,採点競技に付きものの釈然としない気分が晴れました。