身近な危険は気にしないが,希な危険は恐れる

タイル落下事故はどの程度起きているのか
 建築は重力との戦いの歴史であり,最近の話題も,「天井落下」と「タイル落下」です。前者は,今まさに,法令の改正が行われている最中で,ホットな話題です。後者の「タイル落下」も数年前に建築物の点検に関する法令が改正され,設計・施工・管理者責任が取りざたされ,関係者はびびっています。

 危機感を持った関係者は研究会などで対策を検討したりしていますが,「絶対落ちないタイルはない,貼らない方が良い」という雰囲気になりつつあると漏れ聞きます。タイル業界にとっては厳しい状況です。

 より安全な建物になるのは大変結構なことなのですが,絶対落ちないタイルを求めるのも,極端なゼロリスク追及ではないかと私は感じます。それに,落ちるのはタイルだけでは有りません。モルタルやコンクリートも落ちます。どういうわけか,タイルだけを気にしているのです。さらに,建物の危険は落下物だけではありません。他の危険どうなっているのでしょうか。

 厚生労働省の人口動態統計では,転倒・転落による死傷者は,年間,家庭内で2千人ほど,公共的建物内で800人程度です。
http://www.fpoj.org/accident/statistics.php

 落下物による死傷者は平成24年度で140人ですが,建物関係がどれだけかは不明です。

 建物の落下物による被害者(タイル以外も含む)は,国交省も調査しており,「特定行政庁より報告を受けた建築物事故」だけですが,H22から24年の3年間で6件です。
https://www.mlit.go.jp/common/001004247.pdf

 また,国総建(国土技術政策総合研究所)も,建物事故の調査をしています。インターネットによるアンケート調査ですので,実態をどの程度把握しているか疑問はありますが,参考にはなるでしょう。
http://www.tatemonojikoyobo.nilim.go.jp/kjkb/report.html

 それによると,「落下物」の事故は他の事故に比べ非常に少ないです。34000件の予備調査では,2から3%程度で,1000件の本調査では,1%程度です。多いのは転倒,ぶつかり,挟まれ事故で,厚労省統計と同じ傾向です。

国総研アンケート調査(予備調査)より
http://www.tatemonojikoyobo.nilim.go.jp/kjkb/pdf/report/02_2.pdf
 また,国総建はアンケート調査の他に,報道事例や裁判記録などから収集した「事故事例データソース」を作っています。これによると,全事故1299件の内,落下物に当たるは61件で5%程度です。アンケート調査より比率が少し増えていますが,転倒事故が報道されたり,裁判になることは少ないからでしょう。要するに,実際の危険と世間に注目される危険は違うということなのでしょう。
http://www.tatemonojikoyobo.nilim.go.jp/kjkb/

 次に,落下するのはタイルが多いのでしょうか。国総建の「事故事例データソース」の「落下物に当たる」61件の内訳は以下のとおりです。

落下物
モルタル    6
・タイル     5
・コンクリート  3
・天井仕上げ  15
・サッシ     1
・照明      3
・瓦        1
・備品等     6
・雪氷      5
・車       2
・看板      2
・ガラス     2
・金具      1
・不明      9

 タイルは5件でモルタル,コンクリート,照明,備品類,雪氷などとほぼ同じです。多いのは天井仕上げで15件です。

 以上の調査からは,落下物の危険は他の危険より小さく,落下物の中でタイルが特別多いというのでもないことが分かります。何故,タイル落下ばかり気にして他の危険は気にしないのでしょうか。

 滑りやすかったり,つまずきやすい拙い設計はあるのですが,転倒で怪我をしても,自己責任と考えて設計者の責任が問われること少なそうです。しかし,落下物が頭に当たったら,管理者や設計者の責任が問われるのは必至です。このため,実際の危険とは関係無く,落下物に建築関係者は敏感になるのではないでしょうか。落下物の中でタイルを気にする理由はよく分かりませんが,欧米では外装タイルが禁止されている国があります。そのため,タイル廃止という議論になりやすいのかもしれません。

 しかし,タイルを止めて,他の材料に変えても,別のものが落下してくるだけです。タイルを止めるというような対応をしてもあまり意味が無さそうです。タイルでもモルタルでも,落ちにくいように工法や材料の不断の改善努力は続けるとともに,他の危険についても忘れないようにすることが大事かと。