屋外の塗装作業をわざわざ隔離密閉して行う

 人にもよるが、お医者さんは大変な激務である。患者の中には、大した病気でもないのに、頻繁に病院通いする人もいる。そんな患者でも診察しなければならず、誠にご苦労様である。本当に治療の必要な患者さんのためには、プロフェッショナルとして、わが身の健康も顧みずに激務に耐えて欲しい。でも、一晩寝れば治るような風邪の患者のために、医者は過労死も受け入れろとは私にはとても言えない。実は、そういう非情なことを言われている業界が他にあるのだ。

 建物に使用されている石綿については、従来から、吹付材、保温材、成形版が問題となり、石綿則や大防法でも、規制されている。近年は、これに加えて、外壁の仕上げ塗材やモルタルに含まれる石綿まで心配しだした。環境省は今年の5月に大気環境課長から各都道府県等に文書を発出している。「石綿含有仕上げ塗材の除去等作業における石綿飛散防止対策について」という通知である。

石綿含有仕上塗材の除去等作業における石綿飛散防止対策について(環境省通知)

 この通知では、建物使用中の石綿飛散の可能性は少ないものの、解体や補修工事では飛散防止対策が必要と述べている。また、吹付け工法により施工されたものは吹付け石綿として取り扱い、吹き付け工法でない場合も吹付石綿として取り扱うのが望ましい、としている。

 私が思うに、この通知は問題である。従来から、吹付材の除去では作業場所の隔離が必要である。シートで囲い、内部を負圧に保ち外部に粉じんが飛散しないようにする。一方、保温材や成形版は、湿潤化などの飛散防止処置でよい。ただし、最近、破砕して取り外す場合は隔離が必要に変わってしまった。隔離は外部への影響を少なくするが、内部の作業者にとっては危険が増すことにご注意頂きたい。例えば、塗装工事では、換気が重要である。換気すれば周辺環境を汚染物質で汚染するがそれは無視できると考え、ペンキ屋さんの身体の方を心配しているのである。塗装作業を隔離密閉された作業場で行うなどということは普通ありえない。

 では、吹付石綿は何が違うのか。隔離を行うのは塗料に比べれ外部環境への悪影響が大きいと考えているからだ。つまり危険の量の問題である。にもかかわらず、どの程度の悪影響があるか定量的な検証がされている気配はない。なんとなく感覚的に決めているようである。外部環境への規制値としては大防法に敷地境界で10本/㎥という基準値があるが、吹付石綿除去作業をすればどの程度になるのかはよくわからないのだ。とはいえ、次のような考える目安はある。

・現在の大気環境   0.1〜0.3f/L
・吹き付け石綿のある部屋  数本〜20f/L
・過去の労働環境1 吹付け石綿 数万本/L
・過去の労働環境2 石綿含有建材の切断、改築 数千本/L

 過去の労働環境では被害者が出たが、吹付石綿のある部屋にいて被害を受けた人は皆無に近い。従って、10本/L程度の環境に一生いても多分大丈夫である。ただ、石綿含有建材を破損する除去作業ではその100倍程度になる。当然作業者は保護マスクなどの着用は必須である。では、作業場周辺の外部環境はどの程度になるのかというと、条件次第である。ある程度距離があり通風が良ければ問題なさそうであるが、問題の有る場合もあるだろう。それを考慮して、隔離を行うのだろう。しかし、外部環境の公衆がその環境に晒されるのは、一生涯ではなく、わずかな時間である。多分、隣の家の解体を経験するのは一生に数回あるかないかである。タバコの受動喫煙は危険であるが、一生に数回煙を吹きかけられたことを心配するのは気にしすぎである。私には、周辺の公衆に被害が出るとはとても思えない。

 さて、外壁の仕上げ塗材も吹付石綿と見做すのは、吹付工法で施工されたというだけの理由である。吹き付けがローラーや刷毛塗りと比べて、飛散しやすいのは施工時であって、吹付乾燥後や除去作業中の粉じん飛散の程度に違いはないのである。単に「吹き付け」という文字が付いているだけで隔離作業が必要と大気環境課長は判断しているのだ。通風の良い外壁の塗装作業をわざわざ隔離密閉して行う様な違和感を覚える。

 ちなみに、石綿含有建材の切断作業の数千本/Lに比べると、仕上げ塗材の除去作業では、ディスクサンダーによるケレンでは同程度だが、高圧水洗や剥離剤併用工法では100本/L程度である。これは、ビニルシートで隔離養生したチャンバー内の値である。

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 さらに、解体工事では建物全体を覆う必要があり、非現実的である。十分な散水をすれば飛散は安全な範囲に抑えられるだろう。根拠が必要なら、実証実験で確かめればよい。大した実験でもない。その手間を惜しんで、「吹き付け」という文字面だけを根拠に、何の影響もない外部環境の公衆の石綿への曝露をさらに小さくするために、作業者を過酷な環境に閉じ込めて、危険にさらしている可能性がある。