大地震時の機能維持で重要なこと

 建基法上の2次設計は,人的被害防止を目的としているので,建築の地震被害について多少なりとも知っていれば,杭の検討が不要なのは分かりやすい。しかし,国交省や東京都の内規において重要度係数1.25以上の施設では,機能確保も必要である。杭が損傷を受ければ機能に影響するのではないかと疑問を感じる人もいるかもしれない。

 確かに影響する場合もありうる。東京都の指針でも「 杭基礎は、必要に応じて保有水平耐力の検討を行う。」という文言があるし,国交省の総合耐震基準でも「杭基礎は,・・・大地震動に対して部分的な損傷は生じても,鉛直方向の耐力低下は著しくなく,上部構造の機能には有害な影響を与えないものとする。」となっている。ただし,その検討方法は記載されていない。

 機能確保が1回の大地震に対して可能であればよいのか,数回の大地震を考慮しなければならないかで,影響の有無や程度は,かなり違ってくる。ただ,大地震は建物の耐用年限に1回発生するかしないかという頻度なので,通常は1回で十分だろう。しかし,熊本地震の経験から,大地震が短期間に数回続く可能性がクロースアップされ,なかなか難しい。さらに,将来にわたって保存したい建築物や,超長寿命建築では数回の大地震も考慮しなければならないだろう。

 数回考慮が必要な場合はどちらかと言えば用途係数1.5の特殊ケースであり,個別に検討する必要があるが,用途係数1.25の豊洲市場レベルの建物では1回の大地震を考慮するのが現実的だろう。では,1回の大地震で杭に損傷を受けた時に上部構造の機能に影響するのだろうか。これも,一般論は避けるべきで,個別に検討すべきと言わなければならないだろう。だから,都の指針も「必要に応じて」となっており,国交省の基準も抽象的規定だけで具体的規定がないのだ。

 そうではあるが,目安とするため,あえて一般論をのべてみる。杭や基礎の不具合は短期間では生ぜず,長い時間をかけて徐々に沈下することで現れてくることがほとんどである。なぜなら,杭が破損しても地盤が建物を支えてくれるからだ。そして地盤の沈下は徐々に進行していくもので,即時沈下はわずかな量である。そのため,地震で杭が損傷しても気づかないことが良くあるのだ。損傷しても特に支障無く建物は使われ,数年後に改修工事で地盤を掘削して始めて杭の被害に気付くということになる。もちろん,地盤が液状化するような場合は,建物が浮き上がってしまうような被害がすぐに表れるので,一概には言えない。

 また,費用との兼ね合いもある。とにかく被害を受けないように丈夫に作ることは技術的には可能でも,費用が莫大になる。ならば,被害を受けて後で補修したほうが得策かもしれない。また,ほとんどの建物は大地震を経験せずに取り壊されるのである。殆どの地震対策費用は無駄になっているのだ。ならば,運悪く1回の大地震に遭遇した小数の建物は,その後被害を補修するか建替えるのが賢いともいえる。一つしか保有していない個人住宅のような場合は,このように確率的に割り切るのは心理的抵抗があるかもしれないが,多数の施設を保有する東京都の場合はむしろ合理的である。都内に市場は複数存在しており,非常時にすべてが機能しなければならないわけではない。

 もう一点,非常に重要なことがある。新耐震以降の建物は用途係数1の一般建物でも,大地震で構造体が被害を受けることはあまりない。兵庫県南部地震東北地方太平洋沖地震でも新しい建物の被害はわずかである。計算上は大地震時には建物が塑性化し,ひび割れ等の被害が発生するはずであるが,現実にはあまり見られない。今,問題となっているのは古い建物の耐震改修である。新築の建物の機能維持に大きな影響を与えるのは非構造部材と建築設備なのである。地震対策上,現状でクリティカルなのは構造体ではなく,非構造部材と設備である。しかも構造体の部位の中で杭はもっとも重要度が低い。

 市場が大地震時に機能する必要があるのは,被災者への食糧供給,あるいは大空間を避難所に転用のようなことを想定しているのだと思うが,杭が損傷を受けても当面は十分機能する。しかし,天井が落下したり,冷蔵設備が使えなければ,市場機能は即刻停止する。

 あれこれ心配になることは多いが,クリティカルな部分に対応しないと効果はない。