良いテロ、悪いテロ

 またしてもテロ事件が起こってしまいました。ネット上では、「テロは、容認しないが、再発防止のため、犯人の動機や背景を究明すべき」という意見があります。この意見について考えてみました。

 

■ 事故の原因究明

 再発防止のため背景や動機を解明すべきといういうのは一応、尤もです。事故の再発防止でも原因究明は行います。ただ、事故の場合、究明と言えるほどの新発見は、ほとんどありません。大抵の事故の原因は、不注意や安全規則無視など既に分かっているもので、今まで知られていなかった重大な原因が発見されたタコマ落橋事故、コメット機墜落事故、スペースシャトル爆発事故などのようなものは、そうそうありません。ほとんどは、今までも言われてきた対策をちゃんとやれという結論で終わります。

 究明される原因は、直接的な原因です。その原因を産み出した背景に言及されることもありますが、組織的なものに限られ、個人の生い立ちの類に立ち入ることはありません。個人の性格が原因なら、今後の再発防止の参考にあまりならないからです。

 

■ テロの背景、動機の解明

 テロの場合は、どうでしょうか。先ず、事故と違うのは、テロでは、外部からの攻撃とそれに対処する内部体制の二つの要因がある点です。事故でも、後者に関するものとして、天候や人為的ないたずらなどがありますが、対応を考慮すべきか無視できるか程度の考察で終わります。テロの場合は、テロリストの分析が重要のように思えますが、そのような分析は普段から行われおり、テロ事件後に新たな発見があることはそれほどないように思えます。9.11テロの場合でも、警備体制の不備などは、新しく発見されたでしょう。テロ後の警戒体制は大幅に厳しくなったからです。でも、テロリストの動機や背景で新しい事実はなにか見つかったのでしょうかか。アルカイダがテロ集団であることやその動機も周知の事実でした。対策上の改善点はいろいろあったでしょうが、テロリストの背景や動機で、再発防止に役立つ新事実などほとんどなかったのではないでしょうか。

 

■ 日本の2件のテロ

 おそらく、最近の日本の二つのテロ事件も同様でしょう。警備上の問題は多数見つかりましたが、テロリストの背景や動機で再発防止に役立つ新事実が見つかったでしょうか。安倍元首相テロ事件では、旧統一教会の被害実態や教会と政治家の関係が明らかになったかのように報道されましたが、これらは既に周知のことでした。今まであまり関心のない人にも知られただけで、再発防止になるような新事実は特にありません。統一教会被害の防止や救済は、テロ防止のために行うのではなく、テロが起こらなくても必要なもので、実際に行われていました。テロは今まで関心のなかった人にも知らしめただけでしょう。

 もう一つの岸田首相を狙った犯人は黙秘しており、動機は未解明ですが、被選挙権年齢への不満だったとすれば、これに共感する者は殆どいないでしょう。一方の安倍元首相狙撃犯の動機に共感する者はいて、犯人を○○様と呼ぶ者まで現れる始末です。これは、家庭崩壊という悲惨な被害が感情に訴えるからでしょうが、政治と報道に利用されただけで、テロの再発防止にはなっていません。大きな話題になった結果、被害者救済法が成立し、被害者の救済が進む可能性はありますが、テロが少なくなるかどうかはわかりません。そもそも、かつては毎年数百件の被害相談があったのに、被害者の起こしたテロは1件だけです。テロ犯は特殊なキャラクターであり、その特殊な一人だけの思想や生い立ちを調べても、一般的なテロ防止策が分かるとは思えません。どんな背景を持つテロリストであろうと被害を防げる警備体制を整えるのが現実的な対策でしょう。当然ですが、統一教会被害者救済法が成立しても、統一教会と無関係な動機のテロリストの対策にはなりませんでした。犯人の不満は千差万別です。

 

■ テロ対策の基本は警備体制の充実

 以上のように、テロリストの動機や背景から導き出される再発防止策はあまり期待できません。それだけでなく、その種の再発防止策は危険です。危険思想の摘発の類のいわゆる予防的規制になるです。テロを起こしたような宗教団体は解散させられても、テロを起こす可能性があるとして解散させるのは諸刃の剣ともいえる予防的規制です。ましてや、宗教団体に恨みを持ち、テロを起こしそうな人物を摘発するのではなく、宗教団体を解散させるのは、あまりにも間接的で乱暴です。「背景」は自主的に改善すべきもので、国が規制するものではありません。行っても誘導まででしょう。

 

■ 誘導的予防策

 背景とは事件の直接的原因ではなく、間接的なものです。爆弾製造のような直接的原因なら規制や摘発が可能ですが、恨みを買っているという間接的な遠因では、対策も間接的に誘導して解消するしかないでしょう。例えば、自殺報道は、自殺の連鎖を引き起こすためガイドラインがありますが、ガイドラインまでです。直接的禁止は報道の自由を侵すためありません。テロ報道も模倣犯を産み出す可能性が指摘されていますが明確な根拠がないためガイドラインもありません。再発防止に役立つとして、テロリストの背景や動機解明を行うのなら、報道による連鎖も調べるべきでしょう。その方が関連は大きそうです。現に、島田雅彦氏は「(安倍さんの)暗殺が成功したのは良かった」と発言してしまいました。テロ事件背景の報道が犯人への同情や共感を煽ったといえるでしょう。

 テロは容認せず、再発防止が重要というのなら、犯人の動機や背景の解明は良しとしても、その報道には慎重であるべきでしょう。

 

■ 良いテロ、悪いテロ

 テロは容認しないと言いながら、島田正彦氏のように「暗殺が成功したのは良かった」と発言するのは、テロについて大して関心がないからだと私は思います。関心があるのは自分の主張なんですよ。自分の主張に役立つなら「良いテロ」で、そうでないなら「悪いテロ」なのでしょう。テロをご都合で扱っているだけじゃないでしょうか。大した関心がないから、すぐに謝罪、撤回するような発言をしてしまうのですよ。テロ容認は本意ではなかったという謝罪発言の中には、しっかりと自分の主張が言い訳として盛り込まれていました。

 流石に、島田正彦氏ほどの明確なテロ容認発言は少ないですが、テロ背景と動機の解明を唱える発言はそれなりに見受けます。再発防止という大義名分を理由としています。しかし、昨年の安倍元首相と今年の岸田首相に対するテロでは熱量が違います。今年の動機や背景ははっきりしませんが、現時点では感情に訴えて与党攻撃に使える「良い動機」ではないのでしょう。