再発防止

 川崎の中学生殺害事件にはショックを受けましたが,それだけです。事件自体について書きたいことは特にありません。その一方で,事件への反応についてはいろいろ感じることがあります。その一つが再発防止の動きです。

上村さん殺害事件、検証・再発防止で初会合 川崎市
http://www.asahi.com/articles/ASH33339GH33ULOB008.html
首相、少年事件再発防止策を検討 川崎中1男子殺害で表明
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015022701002106.html

 私には,この種の事件の再発防止が出来るのか大いに疑問です。出来るにしてもむしろ弊害が大きくなるような気がします。あまり妥当な例えではないかも知れませんが,隕石の直撃を受けた事故の再発防止のように思えるからです。この種の対策は莫大な費用が必要な割に効果は少なく,むしろ弊害が大きくなります。

 STAP細胞事件でも同じことを感じました。あの事件の遠因の一つに理研成果主義や,予算獲得のための広報があり,これらの改善は再発防止策として行うべきと思います。しかし,それと共に研究者の倫理教育や管理強化のようなことも行うとすれば,大多数の研究者にとっていい迷惑ではないでしょうか。その種の再発防止策によって,極めて希な小保方氏2世の出現は防げるかもしれません。しかし,大多数の善良な研究者の研究を阻害し,功罪を衡量すれば罪の方が大きくなると感じました。

 しかし,公的な再発防止策検討の場面では功罪を比較検討して不採用にはしにくいのです。とにかく,原因は徹底的に潰せと言われ,効果が少ないからといって対策をしないなどという意見は論外だとみなされがちです。その結果,網羅的な再発防止策が策定されますが,その大部分は有名無実なお題目と化し,実施されることはあまりありません。当初は行っても,次第に現実に合わないものは,空文化していきます。そうなれば,実害は少なくて済みますが,杓子定規に行い続けるとその弊害は無視出来なくなります。

 不祥事の場合は以上のような経緯を辿ることが多いのですが,犯罪の場合は刑法改正や教育上の管理強化という再発防止策になりやすく,それらが杓子定規に遂行され,困った事態になる可能性は十分あります。

 今回の事件のような希で目立つ事件は人心に与える恐怖は大きく,再発防止策が話題なります。一方で,数多く発生している殺人事件では全く話題になりません。未成年の殺人事件は2000年〜2014年に102件,年当たり7件弱発生しています。特異な事件では再発防止が取りざたされますが,殆どは話題にも上りません。私自身,被害者も多い目立たない事件は気にならないのに,奇異で希な事件からは大きなショックを受けます。失われる命に違いはないにも係わらずです。

 奇異な事件は普段,耳にすることが無く,1件でも発生すれば異常事態のような気がするのかもしれません。何か社会的に少年の心に変化が起きていて,対策をしなければ益々増えていくという恐怖感にとらわれるのでしょう。しかし,一時のショックから回復し冷静になると,そのような変化の証拠は何処にも無いことに気づきます。多数発生する窃盗の類では,例年の倍の発生件数があったとしたら,何らかの社会的変化が起きていると十分疑えて,対策が必要でしょう。しかし,年間1件も発生しないような希な事件では1年2年の統計では傾向を判断できません。にもかかわらず。例年0件から1件に増えたとなると,倍増どころの増え方ではないと感じてしまいます。

 このような錯覚によるものだとしても,再発防止策自体は悪いことではないと考える人もいるかと思います。私は,まさにそのような現場を経験しました。建設工事の事故が増えたため再発防止策の会議の場での出来事です。実は事故が増えたのは工事件数が増えたためで,事故率はむしろ減っていたのです。そのことを指摘したところ,「そんな統計はどうでもよい。安全の注意喚起だ大事だ。」と諭されました。確かにそうかもしれません。でも,注意喚起は日常的に行っていましたし,あらためて再発防止策といっても,以前から言われていることで,増えたという事故を分析して以前には無かった原因を見つけ出し,目新しい対策を打ち出したわけでは無いのです。こんな会議に大勢集まっている暇があったら,工事現場の見回りでもした方がよいのではないかと思いました。

 建設工事ならぬ今回の事件の分析で,今まで気づかれていなかった原因を見いだし,効果的な再発防止策が打ち出せるのでしょうか。単に厳しく取り締まるという能のない対策でないことを願います。