「眠り姫問題」を変な哲学に惑わされずに地道に解く

 「眠り姫問題」についてあれこれ書いてきて、これからも書くかもしれませんが、ここらで、確率の問題らしく地道に解いてみることにします。

 起こりうる状況の総てを下表に示します。同じ色で塗っているところの合計は1になります。特に条件が無い場合のコインの表裏は同じ確率なのでP(A)=P(a)=1/2です。その他の条件は、コインが表なら覚醒(月)と睡眠(火)が1回ずつあるので、P(A∧B)=P(A∧b)となり、またコインが裏なら睡眠はないので、P(a∧b)=0です。

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 この条件を満たす値は表に示した以外はあり得ません。従って、眠り姫が目覚めている(B)場合にコインが表(A)である確率(P(A|B))は、1/3です。表の事前確率ならP(A)=1/2です。

 疑念を挟む余地はほぼ無くなったと思いますが、最初は疑念だらけでした。P(A|B)を尋ねているのか、それともP(A)を尋ねているのかあやふやという意見もありますが(私はそれほどあやふやとは思いませんが)、すくなくとも、どちらであるか明確にすれば、答えはでます。パラドックスにもなりません。

 繰り返しになりますが、非現実的な設定だと「主観確率」だの「人間原理」だの、哲学的な思弁に引き込まれてしまい、地道に確率の問題として考えにくくなるのかもしれません。試しに、非現実的な設定にすると考えにくくなるのか、有名な「二人きょうだいの問題」をアレンジしてみました。

  •   「二人きょうだい問題」―眠り姫バージョン

 問1 魔法をかけられたお母さんが眠りから目覚めると記憶障害になっていました。子どもが二人いて少なくとも一人は女の子だったことだけは覚えていますが、それ以外の記憶が消えてしまいました。もう1人も女の子である確率は?

 

問2 魔法をかけられたお母さんが眠りから目覚めると記憶障害になっていました。子どもが二人いて上の子が女の子だったことだけは覚えていますが、それ以外の記憶が消えてしまいました。下の子も女の子である確率は?

 

shinzor.hatenablog.com

(3/25 追記)

 月曜日の場合と火曜日の場合の表も追加します。

 同じ色に塗っているところの合計は1/2で、月曜日と火曜日を加えると本文の表になります。

 当然、月曜日で目覚めていて表の確率は、 P(A|月∧B)=(1/4)/(1/2)=1/2。

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(3/26追記 記憶は関係無い)

   本文と3/25の追記に示した3つの表を眺めていて、混乱した原因が見えてきました。

 私の混乱は、次のようなことです。コインが裏だった場合は、月曜日と火曜日の2回目覚めるのですが、そのことをもってして、コインが表だった場合(月曜日の1回しか寝覚めない)の2倍起こりやすいと考えてよいのか疑問でした。月曜日の寝覚めと火曜日の寝覚めは一連の出来事なので、2回ではなく1回と数えるべきではないと思いました。記憶がなくなるので2回のような気がするだけで現実には1回の「出来事」ではないかと。そのように考えると、表の確率も裏の確率も1/2であり、裏の場合は月曜日と火曜日の2回目覚めるので、それぞれ1/2の1/2で1/4となるのではないか。ところが、そうだとすると、眠り姫に「今日は月曜日である」と教えれば、表の確率が1/2÷(1/2+1/4)=2/3になってしまい、「はて?」となりました。

 今、考えてみるとかなり混乱しています。月曜日の四分表を見れば分かるように、確かに裏が出て月曜日に目覚めている確率P(a∧B∧月)は1/4です。しかし、表が出て月曜日に目覚めている確率P(A∧B∧月)も1/4なので、月曜日で目覚めているという条件で表の確率P(A|B∧月)は1/4÷(1/4+1/4)=1/2です。一方、曜日を問わず、目覚めているという条件での表の確率P(A|B)は、月曜日と火曜日を足し合わせた本文の四分表に付記したように1/3です。3枚の四分表が入り混じって混乱していたのですね。四分表を書き下してやっとわかりました。

 実は、眠り姫が覚えていようが忘れていようが起こっている「出来事」に違いは全くありません。この問題の「出来事」は、「コインが表(裏)になった」、「月曜日(火曜日)である」、「寝覚めている(寝ている)」の三つだけです。それぞれに二通りの可能性があるので、8つの「出来事」の可能性があり、それが月曜日と火曜日の四分表の黄色部分になります。尋ねられている確率とは、寝覚めている時の「出来事」の内、コインが表である「出来事」の割合です。すなわち、四分表の目覚めている(B)欄の合計で、そのうちのコインが表(A)の欄の合計を割れば求められます。

 また、四分表の各欄の確率は、問題文の記述から決まります。月曜日と火曜日は同等に起こりうるので、各曜日の四分表の合計は1/2ずつになります。表と裏の確率も同じなので、P(A)とP(a)に1/4ずつ配分します。それを問題文の眠り姫の目覚めと眠りの記述に応じて、4つの黄色部分に配分します。例えば、月曜日には目覚めているので、覚醒(B)欄に1/4全部を割り振り、睡眠(b)欄は0です。

 以上の作業には、記憶の有無などは全く関係しません。ただし、記憶があるという現実的な設定では、何曜日なのかが眠り姫に分かってしまいます。それを分からないものとして考えなければいけません。この非現実的な設定への違和感が混乱を引き起こしたのだと思います。月火合計の四分表で考えるべきところを、月曜日の四分表で考えるなど、思考がフラフラと定まらず二転三転してしまいました。

 別に記憶があるという設定でも「寝覚めている時の出来事の内、コインが表である「出来事」の割合」は同じで1/3です。ただし記憶があれば眠り姫に曜日が分かってしまいますが、分からないとして考えよという問題が「眠り姫問題」なのですね。曜日を分からないことにするための設定が記憶の消失です。

 ところで、自分そうだったのですが、直観では1/2と感じるのが普通じゃないでしょうか。「眠り姫問題」は、錯視図形みたいなものだと思いました。錯視図形は、視覚では線の長さを錯覚するのが「正常」です。客観的な長さは定規で測る必要があります。確率の問題の場合、定規は何かと言うと地道に「出来事」を数え上げることかと思います。「眠り姫問題」は錯視図形のような面白さがあって、楽しめました。ただ、注意すべき点もあります。私は途中で変な哲学的思弁に惑わされかけました。幸いにして奇妙な世界の迷子になることなく、なんとか生還出来ました。