奇妙な「眠り姫問題」と奇妙じゃない「検査問題」

 眠り姫問題は、「表である事前確率」と、「目覚めているとき、表である条件付き確率」の混同に誘う問題です。少し違いますが、「検査陽性のとき、感染している条件付き確率」と「感染しているとき、陽性である条件付き確率」の有名な混同があります。「訴追者の誤謬」ともいい誤審の原因になります。そこで、眠り姫問題と同型の検査問題を作ってみました。

検査問題

 感染者の陽性率(感度)が50%、非感染者の陰性率(特異度)が100%という鈍い検査がある。人口の50%が感染している時、この検査で陰性だった場合に、感染している確率は?

 眠り姫問題と検査問題の四分表を書いてみると全く同じになります。

 さらに、月曜、火曜という眠り姫問題の条件も加味すると次のようになります。

 

検査は日曜日に行う。

感染している場合、陰性ならば月曜日に、陽性なら火曜日に受検者へ伝える。

非感染の場合、コインを投げ表なら月曜日に、裏なら火曜日に受検者へ伝える。

いつ伝えるかは受検者には教えない。

 

Q1:陰性と伝えられた者の感染の確率は?

Q2:月曜に陰性と伝えられた者の感染の確率は?

 感染、非感染が分かっていながら検査するのかというツッコミはなしです。無意味でも検査は可能ですからね。そもそも眠り姫問題はそういう非現実的な設定です。また、受検者への検査結果の使え方が実に恣意的ですが、眠り姫の起こし方も実に恣意的です。その恣意的なところもよく対応しているんじゃないでしょうか。

 「表・裏」と「感染・非感染」、「目覚め・眠り」が「陰性・陽性」、「月・火」が「月・火」に対応していて、この場合の八分表は次のようになります。

 実のところ、検査問題も勘違いしやすく、分かり安いたとえにはなっていませんので、疑問を解消する役にはたちません。それでも、眠り姫問題のどこが錯覚しやすいのか探るヒントにはなると思います。四分表も八分表も眠り姫問題と全く同じであることはわかります。にもかかわらず、不思議なことが起こっているとか、パラドクスになるような雰囲気はありません。検査は100%正しいわけじゃないし、しかも、陰性の場合の感染者ですからね。陰性の場合の感染確率と感染の事前確率が違うのは当たり前です。

 最初、私は、眠り姫問題の記憶を失う設定に秘密があるような気がしました。しかし、別に記憶を無くす必要はありません。検査問題と同じように眠り姫に伝える情報を恣意的に操作すればよいだけです。そして情報の与え方を言葉ではなく、起こすという行為に紛れ込ませれば、混乱を引き起こせます。

 その効果で、「眠り姫が起こされてから新しい情報は何も与えられていないので、表の確率は事前確率と同じはずだ」と錯覚してしまいます。実は、眠り姫には目覚めと睡眠という情報が与えられます。目覚めたのは、検査問題では、陰性と教えられたことに相当しますが、こちらは明確に情報とわかります。

 寝覚めの情報より分かりにくいのが、睡眠の情報です。眠っていることは意識できないので、その状況が存在しないように錯覚するのかもしれません。「表・裏」と「月・火」の2条件の4分表を書いてみれば、下の左側のように「表火」の確率をゼロにしたくなるのではないでしょうか。私はしたくなりました。しかし、すべての情報を網羅した八分表をみれば、右側になるのが分かります。表が出た後の火曜には眠っている眠り姫がちゃんと存在しています。*1

 睡眠中の眠り姫に情報を与えることはできませんが、目覚めている日曜に「あなたが火曜日に眠っていたとしたら、その時に表が出た確率は?」と尋ねることはできます。その回答は?

*1:睡眠という状態はそもそも存在しないとして、左側の四分表とする立場もあるかもしれません。この場合、表の事前確率は1/3です。ただし、「目覚めた眠り姫に尋ねた」という問題の設定が蛇足になります。

 【6/12追記】事前確率が1/3は、腑に落ちないという人が多いと思います。月曜という条件では表の確率は1/2になるけれど、条件無の事前確率は1/3というのは、理解しがたいのではないでしょうか。それも当然です。これは、非現実的な設定でこの非現実的な世界では、睡眠は存在せず、曜日も月曜と火曜しか存在しません。そして、火曜に表が出ることはないのです。つまり、表に示す3つの状態がありうるすべてという世界です。

 この非現実的な世界と、現実の世界を両立させようとしたら当然、矛盾が生じてパラドクスになるわけです。