条例で禁煙できるか

 小池新党のおかげで、市場騒動や家庭内禁煙条例の話題は吹っ飛んでしまいました。なんだか、銭湯のお湯をかき混ぜられて、オナラをごまかされたような気分です。世間が忘れる前に、雲散霧消しそうなオナラを回収して、家庭内禁煙条例について考えをまとめておきます。さすがに、家庭内禁煙条例は無理があると考え直して、ソフトに家庭内禁煙キャンペーンに切り替わるかもしれません。ただ、それも疑問です。

 先ず前提の受動喫煙の害については、いろいろ議論がありますが、それなりの害はあるようです。なのでそれなりの対策は必要だと思います。

受動喫煙が大人に及ぼす健康被害
 
受動喫煙による死亡者数はどうやって計算しているのか

 では、条例で禁止すれば効果的かというと、大いに疑問です。例えば、アルコール依存症も社会問題ですが、条例で患者の飲酒を禁止しても無駄でしょう。行政ではなく医療の問題であることは明らかです。喫煙もマナーや遵法精神ではなく、医療の側面が大きいのじゃないでしょうか。

 タバコの害を否定する武田邦彦氏みたいな人もいますが、ほとんどの喫煙者は自分の体だけでなく、家族の健康にも悪いと分かっています。それでも止められないし、家庭内でもつい吸ってしまうと、私の知っている愛煙家は言います。条例で禁止されたくらいで、タバコが止められるとは思えないのですよ。もちろん、私の推測が間違っている可能性もありますが、それと同じ程度に禁煙条例に効果がない可能性もあります。

 「覚せい剤止めますか、それとも人間やめますか」というキャンペーンも、中毒患者にしてみれば、そんなこと百も承知だと言いたいのじゃないでしょうか。あのキャンペーンはまだ覚せい剤に手を染めていない人たちを思いとどまらせるのが目的でしょう。しかし、お門違いの対策を行う例は多いようで、その原因は、自分とは異なる境遇の人の気持ちを推測するのが難しいことらしいのです。最近読んだばかりの「人の心は読めるのか?」本音と誤解の心理学(ニコラス・エブリー 波多野里彩子訳)に、その点について説明がありますので、関連する部分を引用してみます。

 ハリケーンの「カトリーナ」がニューオーリンズを襲った時、アメリカ市民は、何千人もの人が避難せずにその場に留まったことに困惑した。ABCニュースも「避難命令を無視した人のことは、理解しがたい」と報じた。こうした困惑を感じたのも、対応バイアスのせいだ。たいていの人は、その場に残った人は、自らそうすることを選んで、避難命令を無視したと考えた。こうした考えは、国土安全保障省のマイケル・チャートフ長官の発現にも滲み出ている。「行政側は避難命令を出しました。その命令に従わないことを選んだ人もいます。それは間違いでした。」連邦緊急事態管理庁の悪名高いマイケル・ブラウン長官も、大勢の死者が出たのは「あらかじめ出ていた警告に注意を払わなかった多くの人々のせい」であり、「避難しなかった理由はわかりませんが、ご承知のとおり、ニューオーリンズにはすでに避難命令がでていました」と述べている。
 ブラウン自身は、避難しなかった理由はわからないとしているが、被災地から遠いところにいる人や、避難しなかった人たちの実際の生活を知らない人は、その理由を喜んで説明してくれるだろう。「現実から目をそらしていたのでしょう」とノースウェスタン大学精神科医のジョン・スチューツマンは言う。「彼らはハリケーンをやり過ごせると思っていたのでしょう」無作為に選んだアメリカ人や大学生に対する調査でも、似たような見解が見られた。避難した人を表す形容詞としてふさわしいものを三つ挙げてください、という質問に対して、もっとも多かった回答は「賢い」「責任感がある」「独立心が旺盛」だった。では、避難しなかった人についてはどうだろう?もっとも多かったのは「愚か」「受け身」「融通がきかない」だった。要するに、超大型のハリケーンが来るのにその場に留まることを選ぶのは、頭が足りない愚か者だけであり、「バカ」とは行動が「バカ」な人のことをいうと、いうわけだ。
 こうした解釈は、人間の心は態度に出るとする一般常識とは一致するが、ニューオーリンズから避難した人と避難しなかった人の実体験とはまるで一致しない。これも、彼らが置かれた状況がはたから見るほどわかりやすくなかったからである。避難しなかった人は避難した人よりもはるかに貧しく、地理的に狭い人脈しかもっておらず、(子どもや親戚を含めて)家族の人数も多く、信頼できるニュースを得る手段もあまりなく、車も持たない人が多かった。ホテルに長期滞在できるほど金を持っていたり、家族の人数が比較的少なかったり、家族全員が乗れる大きさの車を持っていたり、泊めてくれる遠方の友人がいたりする人は、避難という選択肢を選べたであろう。だが、長期間ホテルに泊まる金もなく、家族が大勢いて、泊めてくれる遠方の友人がいなければ、どんな選択肢があるというのか?…(注略)

 さらに大事な点は、その人が置かれた状況を理解しないと、大きな問題に対しても効果的な対策が出せなくなることだ。相手の行動は彼らが自ら望んだ結果だとすれば、相手の態度を変える方法ははっきりしている。つまり、相手が正しいことを望むように仕向ければいいだけだ。ハリケーンカトリーナ」の被害を繰り返さないための対策を考えたマイケル・ブラウンの発現にも、まさにこの考え方が表れていた。彼は「避難命令が出たときは、それが市民のためを思って出されたことが、常にしっかりと伝わる手段を考える必要があります」といっていた。彼は、市民は避難したくなかったのだと思い込んでいたため、今後の対策として、次は市民に命令がじゅうぶんに伝わるようにしなければならない、と述べたのである。だが、どんなに大がかりな命令伝達システムを作り上げても、次にハリケーンが来れば、また同じように大勢の市民がその場に留まるだろう。残った人は、避難したかったのにできなかったのだから。彼らに説得など必要ない。必要なのはバスだったのだ。

 子どもの頃、母親に訊ねたことがあります。「たばこってそんなにうまかね?」答えは「別に。吸わんではおれんけん吸っとるだけたい」祖父は気管支炎で寝たきりに近い生活でしたが、家族のなかで最年少の私をタバコ調達のパシリにしていました。家庭内喫煙をやめさせるのに必要なのは何でしょうか?

 JTは喫煙マナー向上のキャンペーンをしています。職場には喫煙室があるかもしれないので、人前では吸わずに、我慢できなくなったら、喫煙室に逃げ込むことは可能かもしれません。しかし、喫煙室のある家庭は皆無に近いです。以前なら外で吸えましたが、今は屋外禁煙条例があります。つまり、家庭近辺には合法的に喫煙できる場所が無いということです。これは、もはやマナーで何とかなる話じゃありません。喫煙者はJTの被害者ですよ。マナーキャンペーンの予算があるなら被害者の救済に回してもらったほうがいいんじゃないかな。

 彼らにはマナーの説得など必要無い。必要なのは禁煙の治療費だったのだ。