過剰診断をめぐる心理

【追記】NATROMさんから,貴重な指摘ありましたので修正しました。ありがとうございました。
 無条件で「治療効果」がないような書き方になっていましたが,症状が進んだ状態では治療は必要だし効果もあるということです。ただ,症状がない早期に検診で発見しても,将来,治療が必要な状態に進展するのか,放置しても構わないのか分からないし,すぐに治療しても症状がでてから治療しても大きな違いはないということだと思います。

 過剰診断は,過剰治療,誤診,偽陽性と混同しやすいですね。また,何が問題なのかも私のような素人には分かりにくいです。分かりにくいのは,個別事例が過剰診断かどうかは確率的にしか言えないところにあると思います。NATROMさんが分かりやすい説明をしてくれていますが,それでもすっきりしない人も多いのではないでしょうか。

「過剰診断」とは何か

 「過剰診断」という言葉は,違う意味で使われることもあるそうで,NATROMさんの説明では「過剰診断とは「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」と定義しています。以下,私もその意味で使います。

 このような定義を示されると,症状を起こさず,死亡の原因にならないのなら病気ではなく,誤診ではないかという気もしてきます。しかし,がんは確かにあるのであり誤診ではありません。問題は,そのがんが症状を起こさず,死亡の原因にならないかどうかは,結果的にしか分からないことです。診断の時点では過剰診断なのかどうかは分からないのですね。NATROMさんの乳がんの説明例でも3人の過剰診断と2名の乳がん死がありますが,診断時点では自分がどちらになるかは分かりません。3/10の確率で過剰診断,5/10の確率で治療によって乳がん死を免れ,2/10の確率で治療しても乳がんで死ぬとしか言えません。

 がんが発見されれば,それが将来症状を起こし,死に至らしめるのか分からなくても,医者としては治療せざるを得ません。もし,治療せずに死なれたら医療訴訟になるかもしれませんので,治療するでしょう。その結果3名が有害無益な過剰治療を受けることになりますが,それが誰だかは分からないので訴訟は回避できます。その一方で,2名の命が助かることになるわけですね。検診の是非は,この兼ね合いで決めることになりますが,乳がんのような場合,微妙で判断が難しいようです。それに対して,甲状腺がんの場合,検診によるがん死の減少はほとんどなく,検診にはほとんど害しかないということだと思います。

 だから,通常は,甲状腺がん検診は行われていません。ところが,原発事故の影響で甲状腺がんが増えているという疑念で混乱が生じました。いままでの知見によれば,この程度の線量で増えることは無いのですが,なにしろ原発事故は初めての経験なので,調べるに越したことはないと考える人もいるわけです。研究対象としても興味があるでしょう。検診が無害ならいくらでも調べればよいのですが,過剰診断という害があるので,功罪を考慮する必要があります。そして,甲状腺がんが増えているとわかったとしても,治療によって乳がんのようにがん死が減るメリットは殆どありません。

 といっても,甲状腺がんが無害というわけではなく,死ぬ人もいます。ただし,治療効果検診による予後改善効果は殆どありません。もし,治療効果があるのなら,韓国の甲状腺がん死は減っていたはずです。可能性としては,がんが増えていても,ちょうどそれを相殺するような治療効果があったということもあり得ますが,そういう偶然の一致は考えにくいです。従って,甲状腺がんは死ぬこともありうるガンですが,検診によって症状が出る前の早期治療の効果有効な治療法がないと考えるのがもっとも妥当だと思います。そのような病気を検診で見つけても患者にとっては何のメリットもなく,不安というデメリットだけしかありません。客観的にはそういうことになりますが,自分が死ぬ可能性のある病気かどうかはやはり気になります。ここが,人間心理の困ったところです。知ったところで,悩みが増えるだけでどうにもならないのに気になります。

 甲状腺がんが増えているかいないかということが議論になったりしますが,個々の患者にとってはあまり意味がありません。仮に,増えていてそれを早期に見つけたとしても,その時点での有効な対処法治療法がなければ心配が増えるだけです。従って,有効な対処法治療法の有無が患者にとっては重要になりますが,それは無いということかと思います。症状が現れてから治療しても結果が大きく変わらないのなら,あえて早く知る意味もないわけですから。