問題否定,被害者不在ー医療やら築地市場やら

 子宮頸がんワクチン訴訟がイレッサ裁判と同じ轍を踏んでいるという指摘は提訴直後からありました。原告団政治的主張が紛れ込むと,患者の救済よりも国家や製薬会社という巨悪の追求が優先されてしまいがちです。トカゲの尻尾に過ぎない医師個人の過失追及よりも,国家や大企業の犯罪というトカゲ本体を対象にした方がインパクトがありますからね。主治医の不注意や過失を追及しても,政治的にはあまり効果的とは言えません。

 本当にそのような巨悪が存在して告発できれば,社会問題を解決する有意義な政治活動といえます。しかし,小説や映画ではない現実ではそうそう巨悪の陰謀なんてのはありません。その結果,問えたはずの主治医の責任が問われず,被害者が救われなかったというのがイレッサ裁判です。

 子宮頸がんワクチン訴訟では,患者さんの症状があるのは事実ですから,原因を決めつけずに救済を国に求めれば患者さんの利益に結びつく結果も期待できます。しかし,原告団はWHOや日本産科婦人科学会等15学術団体の見解を否定しようという無謀な戦術を採用してしまいました。敗訴に終わっても,不当判決と声明をだせば裁判官もグルの巨悪を示唆できて政治的宣伝効果は十分です。ただし,患者さんは救われません。

 唐突ですが,話は築地市場に変わります。そこにも施設の老朽化による被害者がいます。その治療として豊洲移転が行われることになりましたが,多少の副作用もあります。例えば移転費用を負担出来ない業者が廃業を余儀なくされるとかです。市場の組合のような組織は本来,これらの副作用の救済を求めるべきだったと思います。しかし政治的主張が紛れ込んだのかどうか,豊洲移転という治療の否定に精力を傾けています。

 医療問題より悪いことに,治療の否定だけではなく,症状の否定にまで発展しています。すなわち,築地市場の老朽化症状の否定です。ただ,完全に症状を否定するのは難しいので,正確には現地改修という簡単な治療法で治せると主張になっています。残念ながら,現地改修は過去に頓挫しています。現地改修の負担にも耐えられなかったのがその原因です。結局何も治療できず,症状の悪化が進んで,ご臨終となりそうです。