ブレる施主

 <新国立競技場>水落副文科相「五輪後、屋根設置の検討を」

2020年東京五輪パラリンピックの主会場となる新国立競技場(東京都新宿区)の大会後利用について、ワーキングチーム(WT)座長を務める水落敏栄副文部科学相毎日新聞の取材に応じ、「(大会後に)可動式の屋根など(の設置)ができないか検討してもらう必要がある」と述べた。屋根は整備費削減に伴うデザイン変更で設置しない設計となったが、大会後にはコンサートでの利用などで収益性を向上させるために再検討が必要との認識を示した。

 水落氏は大会後の競技場運営について「収益性の高い事業スキームとすることが最も重要」と指摘。運営は国が所有権を持ったまま運営権を民間に売却する「コンセッション方式」に決まるとの見通しを示した。スポーツ庁によると、屋根の設置は構造的な補強が必要となる。設置費用は参入する民間業者が負担することを想定しており、屋根による収益の増加が、改修費用を上回ることができるかが実現の鍵になる。

 文科省が設置したWTは昨年9月から約半年間開かれていないが、同省が競技団体やコンサルティング会社と行った意見交換の報告書を近くまとめ、早期に再開する方針。コンセッション方式は、主な競技を決めてから実際に運営が始まるまで3年かかるため、水落氏は「今年度中には方向性を見いださないといけない」と述べた。

 大阪城を作ったのは誰か?というナゾナゾはご存じだろう。「豊臣秀吉」と答えると,「ブー,大工」と返される子供向けのナゾナゾである。しかし,洒落を解せず固いことを言えば,豊臣秀吉が正解である。「作った人」にはさまざまな意味があるが,もっとも重要な人は企画した人である。その人がいないと何事も始まらないからである。映画では主演俳優や監督が注目されるが,プロデューサーが全体を統括する。プロデューサーを和訳すると製作者なので,まさに作った人である。

 建築の場合,プロデューサーは建築主つまり施主である。設計者は映画でいえば監督みたいなものである。どのような建築にし,どのように使いたいかは施主が決める。設計者はその意図を具体的に形にしていくのが仕事である。従って,施主の意図があやふやだと,まともな建築は出来ない。現実には,それほど明確な分担があるわけではなく,施主と設計者は協同作業を行う。施主の意図に対して,専門家の立場から対案を示すことは良くある。それでも,最終的に決めるのは施主である。医療のインフォームドコンセントも患者が同意しなければ治療は行えないのと同じである。

 ところがである,医療訴訟が絶えないように,施主の意図があいまいだと建築もトラブルになる。以前の記事でも,実例(設定は変えて有る)を紹介した。

水槽の大きさを決めるのは誰

 以前の記事を読むのが面倒な人のために要約すれば,次のようになる。工場の設計者はハイスペックのA案を提案したけれども,施主の工場長は使い方で対応可能と考え,ロースペックのB案に決めた。ところが,完成後に施工ミスが見つかり,不信感をもった施主は設計にも疑問を持ち,第三者の専門家に検証を依頼した。この専門家とは建築の専門家ではなく,建物を利用する製品生産の専門家である。第三者委員はA案が妥当と施主に助言したため,建物は改修することになった。当然,その費用が問題になり,施主,設計者,施工者の間で大揉めに揉めた。

 一般の方は,B案に決めたのは施主だし,設計変更は施工業者には無関係であるので,費用は当然,施主の負担と考えるだろう。ところが,施主は建物の仕様は,建築の専門家である設計者が責任をもって決めるべきと主張したのである。純粋に建築的な事項,例えば耐震性なら,施主が耐震性のない違法建築を求めても従ってはならないのは言うまでもなく,施主の主張は正しい。だが,このケースで問題になったのは建築と工場生産の両方に関わる分野であり,そう簡単には割り切れない。結局,施主と設計者がお互いに信頼し,合意のもとに決定するしかないのである。この事例では,両者の信頼が最初からなく,キーパーソンである施主の方針が定まらなかったのがトラブルの背景である。

 なお,施工業者は設計については責任はないが,施工ミスという落ち度があり応分に負担を求められた。実際には応分以上の負担であったが,それは建設業界の不透明な体質によるものだ。話の主旨にはかかわらないので,設計事務所とゼネコンの企業規模の違いによるものとだけ言っておく。

 さて,国立競技場の屋根も施主の方針がブレまくりである。今後のトラブルを強く暗示しているのではないだろうか。おそらく,屋根を設けるにしても,オリンピック終了後の改修になるだろう。しかし,仮に今,設計変更し,オリンピックに間に合わせようとすれば,施工業者への負担が大きくなり,施工ミスの危険性も増すだろう。実は,上記の例で,施工ミスが起こった原因の一つに,施工段階で施主の確認を要する事項について,施主がなかなか決めてくれず,施工者は突貫工事を強いられたことがある。良くある話ではあるが。