地震予知幻想

 熊本地震を理由に川内原発を停止すべき客観的理由は私には思いつきせんね。もちろん,あらかじめ停止しておけば,冷却失敗のリスクは小さくなりますが,停電リスクなどは大きくなります。このリスクは同じ尺度で比べる事が難しく,客観的な判断ができません。結局,政治的判断になります。そして,この判断が必要なのは川内原発に限らず,日本全国の原発でも同じだし,地震直後だろうと,平常時だろうと関係ありません。つまり,非常時の運転停止の問題ではなく,長年議論が続いている原発存続の政治問題なのです。反原発は,地震の前から川内原発再稼働に反対していましたし,今回の地震がある程度納まれば,運転を認めるというわけでもないでしょう。

 というようなことで,平常時からの政治的主張のダシに熊本地震をしている感は免れません。ただ,この「ダシ」は栄養はないにしても,何となく人を惹きつける味があります。味の正体はなにかと災いをもたらす「地震予知幻想」というのが私の推測です。

 多くの人が,熊本地震の結果,川内でも大きな地震の可能性が高まったと感じるのではないでしょうか。熊本地震を引き起こした断層を南西方向に延長すると川内原発に近づきます。また東側に伸ばしていくと,伊方原発がありますが,こちらは定期点検中です。

 素人考えでは,次に川内原発近くで大きな地震が起きそうで不安になっても不思議ではありません。しかしですね,地震はランダムに起こっていて,そんな傾向はありません。それに,熊本地震を予知した人はいません。あの当たりは断層が走っていますが,大きな地震の発生する確率は低いと見られていました。「30年以内に震度6弱以上の揺れ」が起きる確率が70%以上の地域が沢山ある中で,熊本は8%でした。兵庫県南部地震が起きた時も「えっ,阪神で」と意外に感じました。現実的にハザードマップは役立たずでした。

 つまり,川内が特に危険ということではなく,日本国中危険としか言えないのですよ。現在の地震予知の技術ではそうとしか言えません。川内原発の停止を求めるなら,他の原発の停止も求めなければ筋が通りませんが,感覚的には川内が危ないように感じてしまいます。それは錯覚ですし,仮に川内で発生したとしてもたまたまでしょう。

 それに,原発の運転管理は地震を予測して停止するようにはなっていません。地震を感知して停止するのです。この現状の対応は不十分だとして,大きな地震の可能性を予測して停止せよという主張は,実は主張の後退です。なぜなら,大きな地震が予測されていなければ運転を認めるわけですから。従来の原発の存在を認めない主張からすれば大きな後退です。

 このような見方に対しては,緊急事態なのだから,取りあえず危険性の高い川内原発の停止を求めただけで,他の原発の運転を認めたわけではないという反論が予想されます。しかし,その反論は地震予知ができ,特に危険性の高い原発を特定できるという前提に基づいており,その前提は主張の後退なのです。

 「天災は忘れた頃にやってくる」という至言があります。「地震予知幻想」もこの言葉から免れません。「暫く地震がないのでエネルギーが溜まって,そろそろ危ない」と考える人はほとんどいません。危ないと感じるのは大きな地震があった直後だけです。時間が経てば,徐々に忘れていきます。忘れるのも危ないですが,「地震予知幻想」が起きている時も危ないです。他の危険を無視してしまうからです。余震の恐怖がエコノミー症候群を引き起こすこともあります。かといって大きな余震がないとも言えず,難しい問題ですけど。