災害に乗じて政治的主張を行う事

 川内原発熊本地震以前から停止しろという意見が有りました。その主張が熊本地震発生によって説得力を持つようになったかというと,そうは思えません。平常運転が可能な震度4程度の地震ならこれまでも頻繁に発生しており,その結果原発事故を引き起こすような地震の可能性が増したということはありません。にもかかわらず,今回,そのような要求があったのは,原発から100KMほど離れた熊本県で大きな被害が発生しているからではないでしょうか。熊本の悲惨な状況と原発の大事故が何となく結び付いたのだと思います。その結びつきは感覚的な連想で,論理的な帰結ではありません。しかし,論理よりも感覚のほうが人間の感情に強く働きかけるのは事実であり,政治的主張はそういうチャンスを見逃すことはありません。

 とはいえ,熊本地震を理由とした停止主張はよく分からんと感じる人もいて,発言もしています。わからんのは,熊本地震を理由とした停止主張であって,停止主張そのものではないことにご注意下さい。私は原発に否定的な考えを持っていますが,熊本地震川内原発停止の関係を理詰めでは説明出来ません。何でこのタイミングなのか?何で川内原発なのか?反原発は平常時でも,日本の何処でも停止を求めていたはずですから。しかし,感覚的には川内原発に不安を感じることは何となく分かります。

 原発に付いての主張をもっていると,論理もそれに引き摺られてしまいがちになります。それを避ける為,仮想の状況を設定してみました。



 原発のないパラレルワールドがある。当然,この世界には反原発運動はないが,代わりに反新幹線運動がある。その運動の主張はつぎのようなものだ。

・時速300kmで運行する新幹線は人間が制御できる範囲を超えている。
・万が一事故が起これば,大災害になる。

 前者の理由は,人間が咄嗟に対応できるのはせいぜい40km程度までというもので,現実世界でも自動車の危険性の理由になっている。そのため,自動運転が開発され始めているが,新幹線は既にほとんど自動運転である。それでも,機械は故障するし,その際は人間が対応せざるを得ず,時速300kmでは対応は手遅れになるというものだ。

 後者の理由は新幹線が大量輸送であることに関係しているが,現実世界とは少し事情が異なる。パラレルワールドの新幹線はなんと定員5万人なのだ。もし事故が起これば一つの市町村が消滅するような大惨事になる。もちろん,高度の安全性が確保されてはいるが,事故の確率はゼロではない。

 さてパラレル熊本でも地震が発生した。現実世界の新幹線は脱線し,いまだに復旧していないが,パラレル九州新幹線は全く無被害で停止もしなかった。新幹線は大きな地震を感知すると自動的に停止するが,新幹線軌道上の揺れは小さく平常運行を続けた。しかしながら一方で,パラレル阿蘇地方のローカル線は大きな被害を受けた。土砂崩れで軌道は寸断され,車両は脱線し,死者も出た。ローカル線の走る地方の揺れが大きかったことと,新幹線のような高度の安全性は無かったことが原因だが,非常にインパクトのある未曾有の災害であった。

 新幹線廃止論者はローカル線の災害を見て,新幹線の停止も求めた。パラレル世界には私の分身もいて,新幹線廃止論者の一人である。定員5万人の輸送機関など許容できないと思っているが,この停止要求には違和感を感じた。新幹線には自動停止するような揺れはなかったし,もし揺れがあれば自動停止する。地震の結果自動停止しない可能性が増したということもない。仮に可能性が増したとしても,そもそも可能性の大小は反新幹線の主張とは無関係である。可能性が小さくても5万人の被害者は許容できないという政治的主張だからだ。もし,可能性を言い出したら,新幹線以外のものの停止の優先度が高くなってしまう。危険な自動車は廃止して安全な公共交通機関である新幹線を利用しようとなりかねないのだ。

 しかし,停止要求者は,そのような心配は政治的には筋の偏重とみなす。筋よりも結果を重視するのが政治であって,世論が七面倒くさい可能性の議論で動くことはまずないからだ。ローカル線の惨事と新幹線が感覚的に結び付いているこのタイミングを逃すのは愚策である。感覚的な結びつきは世論の勘違いであろうと何だろうと,このチャンスを見逃す手は無いのである。要は停止させればよいのだ。それは正しいことなのだから。

 新幹線論争には,本当の論点と世論を巻き込むためのニセの論点がある。反新幹線とは平常時から新幹線の存在を認めていないのであり,地震時の停止条件を厳しくせよという主張ではない。そうではあるが,世論が停止条件が甘いと感じているようであれば,停止条件を厳しくせよと主張するのである。いずれにせよ停止させれば良いのだ。

 ただ,この種の政治判断には弊害もある。現実に生じているローカル線災害対応への悪影響である。ローカル線が不通になっているところに,運行可能な新幹線まで止めてしまえば,被災地への支援に支障が出る。長期的には新幹線廃止が正しい判断だとしても,この緊急事態に止める必要があるとは必ずしも言えない。災害に乗じて政治的主張をしている印象も強い。当面は被災地への支援に集中し,新幹線論争は事態が落ち着いてからやればよいと言う意見はパラレルワールドでも少なからず見られる。