昔は良かった症候群

今日の夕刊の「よみうり寸評」に次のような記述がありました。

◆杭打機がうるさかった頃、建設現場の技術者は固い地盤に杭が行き着いたかどうか、その音の微妙な変化で判断したという。コンピュータを用いたデータ計測登場以前の話である◆この半世紀、人の耳や足元に伝わる感触をデジタルに置き換えているうち、何か大きな忘れ物をしたのかもしれない。

 これは、大間違いです。1回でも、昔のディーゼルハンマーのくい打ち現場に立ち会ったことがあれば分かりますが、固い地盤に達したら、杭の侵入具合や打撃音は劇的に変わります。それに、支持力の確認は音ではなくて、リバンド量を原始的な方法で測って行います。地面近くの杭に方眼紙を貼り付け、地面と杭に立てかけた枠を定規に鉛筆を横にずらして行きます。そうすると、打撃による杭の沈下と、反動が方眼紙に記録されます。その量から支持力を計算するのです。

 いろんな人に話を聞くと、昔の建設現場は相当いい加減だったようです。今でも他産業にくらべればまだまだいい加減かもしれませんが、同じ建設業ならば、今の方が、はるかにちゃんと管理されています。記者は「何か大きな忘れ物をしたのかもしれない」と感慨深げに書いています。しかし、昔を知らない者が罹りやすい「昔は良かった症候群」が引き起こした妄想でしょう。

 確かに、高度な職人技が失われた職種もたくさんあります。しかし、それはデジタル化のせいではなく、そのような人件費のかかる仕事は経済的に成り立たなり、熟練職人が減った結果、機械化が必要になって開発されてきたのです。因果関係が逆。

【おまけ】
 今思い出してみると、リバウンド量計測は野蛮な作業でした。杭打機の真下に入るだけで怖いですし、油煙が降り注ぎ、油まみれになります。固い支持層に達した杭を叩きすぎると、杭頭が破損して、コンクリート片がバラバラと頭上から降ってくることもあります。私も一度目撃しましたが、作業員の方は慌てて飛びのいていました。ヘルメットは伊達じゃありません。