重要度係数とか用途係数とか

 豊洲市場の杭に用途係数が考慮されていないという,的外れの指摘がある。誰も取り合わない指摘であるが,用途係数は一般の方にはなじみが少なく誤解もありそうなので,少し解説してみる。

 建築物の耐震設計上の重要度係数,あるいは用途係数は最低基準である建築基準法には定められていない。だが,建築主が用途や目的に応じて,最低基準以上の耐震性を定めるのは自由である。例えば,国土交通省の官庁営繕部や地方自治体は公用施設を建設する場合の内規として定めている。また,「発電用原子炉施設に関する地震津波に対する安全設計審査指針」には耐震重要度分類が定められている。試験研究用原子炉施設も同様の分類がある。また法令に定められているものでは「住宅の品質確保の促進等に関する法律」の耐震等級がある。

 豊洲市場についての指摘が発端なので,東京都とそれと内容的に同じ国交省の分類について説明してみる。その前に,建築基準法の1次設計(許容応力度設計)と2次設計(保有水平耐力設計)の考え方にも係るので確認しておく。かなりアナウンスされている内容なので,ご存じ人も多いと思う。

 1次設計では,建物の耐用年限中に数回発生する中地震(地動の加速度80〜100gal,気象庁震度階5程度)に対して,無被害か軽微な被害に留める。2次設計では,建物の耐用年限中に1回発生するかしないかという大地震(地動の加速度300〜400gal,気象庁震度階6強程度)に対して,損傷を受けても,倒壊して人命を損なうことが無いようにする。

 1階建ての建物が弾性範囲内の場合,建物の応答加速度はおおよそ地動の2.5〜3倍になる。一時設計の標準層せん断力係数が0.2,2次設計では1.0なのは,これに対応している。ただし,建物が塑性化すれば応答加速度は低下するので,損傷を認めている2次設計では,構造特性係数によって低減できる。建物が損傷を受けても倒壊せずに人的被害をもたらすことなく変形可能であれば構造特性係数は小さな値になる。0.25〜0.55の範囲である。

 一般の方は意外に感じると思うが,2次設計は地上部分だけ行い,地下や基礎,杭は不要である。なぜだろうか。地下部分が損傷を受けても建物が倒壊するような被害はまず起こらないからである。例えば,新潟地震では,地盤の液状化によって県営アパートが大きく傾き,ほとんど転倒状態の棟もあった。しかし,転倒はゆっくりと進み,上部の建物は殆ど無被害で窓や扉の開閉も出来たため,住民は避難し,人的被害は殆どなかった。

 つまり,2次設計は人的被害防止が目的であるが,それに影響しない地下部分は検討が不要という考え方なのである。

 次に本題の重要度係数に話を進める。自治体によって違いはあるが,国交省と東京都の重要度係数(用途係数)は2次設計の必要保有水平耐力の割り増しに用い,1次設計には用いない。前述のとおり杭の2次設計は行わないので重要度係数は杭には関係ないのである。では,なぜ重要度係数は2次設計だけなのか。その理由は,重要度係数の目的に関わっている。国交省の重要度係数は大地震時の機能維持の観点から定められていて,1次設計の対象である中地震時の要求事項はないからである。重要度係数の耐震安全性の目標は次のように,すべて大地震動時の要求になっている。

「官庁施設の総合耐震計画基準及び同解説」

Ⅰ類 大地震動後,構造体の補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし,人命の安全確保に加えて十分な機能確保が図られている。

Ⅱ類 大地震動後,構造体の大きな補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし,人命の安全確保んに加えて機能確保が図られている。

Ⅲ類 大地震動により構造体の部分的な損傷は生じるが,建築物全体の耐力の低下は著しくないことを目標とし,人命の安全確保が図られている。

 Ⅲ類は,人命の安全確保できれば良いが,Ⅰ、Ⅱ類はそれに加えて,機能確保が必要な建物である。機能確保は,構造体が健全でも,仕上げや設備が損傷を受ければ達成できない。従って,重要度係数は非構造部材や建築設備についても定められているのである。

 ところで,次のような疑問を持つ人もあるかもしれない。重要な建物は,1次設計で無被害であるべき地震も割増すべきではないかと。しかし,大地震時でも機能確保できているのであるから,それ以下の地震でも当然機能確保できている。全くの無被害ではないかもしれないが,機能は果たせるのである。現実には,2次設計で割り増しをしていれば,より大きな地震にたいしても無被害になるだろうが,それは特に要求事項にする必要はないのである。

 なお,建物の用途や機能によっては,1次設計の地震力を割り増すことも考えられる。例えば,建物自体が価値のある文化財のような場合は,出来るだけ無被害の地震の範囲を広げたいであろう。ただし,そのような場合は免震化することが多い。免震構造は入力地震力を低減させるという発想であり,入力地震力を割り増すという考え方と根本的に異なるのである。