アスベストの危険性の程度

アスベスト 150余の学校などで飛散のおそれ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151016/k10010272561000.html

 アスベスト規制の発端は、アスベスト工場などの労働災害である。アスベスト工場で働く人や工場周辺の住民には中皮腫や肺がんが多いことから社会問題になった。

 一方、一般の建物の建材に含まれるアスベストが原因で一般の人が被害を受けたと疑われる事例は、私が調べた限り1例しかない。大阪の文房具店の店主の方で、アスベストを吹き付けた倉庫で長年、作業をしていたため、アスベストが原因と推測されている。倉庫内の空気中には高濃度のアスベストが浮遊していた。ある意味で労働災害といえるだろう。

 倉庫以外でも地下室のような換気の悪い環境で働く作業員のような場合は、危険があるかもしれない。大きな面積の天井や壁からアスベストが飛散し高濃度になった環境に数十年と長期に晒されるからである。このため、法規制が行われアスベスト除去が大々的に行われた。

 しかし、事務室や教室のような外気に面した一般居室でしかも、ストーブの煙突の断熱材から浮遊するアスベストはどれほど危険だろうか。当然ながら、危険性は空気中の濃度による。そのため、空気中の浮遊濃度測定が行われることもあるが、そのような定量的判断はあまり行われず、アスベストが含まれる建材がわずかでもあれば除去という流れになりやすい。

 アスベストはありふれた土埃と同じ自然の鉱物である。土埃も高濃度環境で長期間生活すれば、健康被害をもたらす。だからと言って、生活環境から土を除去したり、アスファルトやコンクリートで地面を覆ってしまうという極端なことはしないし、また現実的に不可能でもある。これがアスベストになると、除去も被覆も可能であるので行ってしまう。ただし、それがどれほど危険であるかという定量的判断は抜きにしてである。

 その結果、別種の危惧が生じている。アスベスト処理を行う業者の健康影響である。一般の建物の環境としてはほとんど気にすることもないアスベストでも、それに近づいて除去するという作業を仕事として集中して行えば、新たな労災問題になる。つまり、広く薄く分散していておそらく、生きているうちには健康影響が発現しないようなアスベストを多くの一般の人が吸い込む代わりに、小数の建設作業員が集中して吸引してしまい、生きているうちに中皮腫になってしまう危険性である。結局、労災問題に戻ってしまった。

 では、アスベストの危険性はどの程度のものであろうか。これに関しては、放射線の影響と似たところがある。高線量の放射線の影響は分かっているが、低線量はよくわかっていない。よくわかっていないというのは、影響が小さすぎるからである。発がん性には閾値がないと言われるので、どんなわずかな量でもがんの原因にならないとはいえない。いえないが、その程度は極めて小さい。従って、気にする必要があるかどうかは別問題であるが、定量的判断をせずに気にする人には気になるのである。定量的判断をしない人は定性的判断で、「土埃」は安全だが、「放射線」や「アスベスト」は危険と考える。確かに、アスベスト繊維1本でもがんにならないとは言えないが、土埃の粒子1粒でも程度を無視すれば危険と言えないこともない。

 アスベストも高濃度の労働環境についてはある程度分かっている。労安法では空気1リットル当たり150本という基準値がある。一方で、一般の人に対する基準は大防法の敷地境界で10本/リットル というのがあるがこの根拠はよくわからない。厚労省のQAを見ても、よくわからないと書いてある。ちなみに、日本の住宅地などの環境では0.2〜1本/リットル 程度である。

 ちなみに、労働環境の150本/リットル は、日本産業衛生学会の評価値から来ているらしい。

https://www.sanei.or.jp/?mode=view&cid=21

 大雑把に言えば、1リットル当たり150本の環境で50年間仕事をすれば、生涯でがん(肺がんと中皮腫)で死亡する人が1000人当たり1人ほどいるということらしい。その根拠は複数の疫学調査である。

 一般環境はもっと厳しくする必要があるので、10本/リットルという大防法の基準があるのだと思うが、そのリスクは小さすぎてよく分からないのである。分からないので、今後この数字は変わる可能性もある。変わる場合は厳しくなるであろう。

 さて問題は、教室のストーブの煙突の断熱材から飛散するアスベストがどの程度の空気中濃度になるかである。そして、その環境にどの程度の期間、生活するかである。文科省が気にするからには、それなりの程度だと想像する。ただその情報は無く、全然気にする必要はない可能性もある。