0.1%

 建材に含まれる石綿の分析方法について、延々と論争が続いている。従来の日本のJIS規格とISO規格に違いがあったのが原因のようだ。分析法以前に石綿の定義も違う。日本の国内法は従来のJIS規格の定義によっているが、国際化の流れでISOに向かっているようである。しかし、経産省厚労省も最終決定をしていない。そのため、建材の石綿分析のJIS規格は従来の日本版とISO規格の翻訳版が併存している。厚労省は現時点ではどちらでもよいという見解を示しているが、分析業界としては、すっきりしない状況が長らく続いていたらしい。

[http://www.eic.or.jp/qa/?act=view&serial=39678:title=EICネット[環境Q&A - 「JIS A1481-2でアスベスト含有=0.1%超と判断 ...]

 分析機関も困っているかもしれないが、建築業界関係者としては更に迷惑である。さっさと決着をつけて欲しい。個人的な気持ちは、どちらだって構わない。そもそも建材の石綿含有量を神経質に気にする意味があまりない。気にしなければならないのは空気中に浮遊している石綿粉じんの量である。*1しかし、労働安全衛生法石綿則や建築基準法では、重量比0.1%を超える建材を規制しているため、現実的には気にせざるを得ない。もっとも、うっかり違法行為にならないように気にしているだけで、健康被害を気にしているのではないのである。

 なぜ、空気中濃度ではなく、建材中濃度になっているかというと、規制のしやすさのためだろう。石綿則が規制しているのは、石綿含有建材の除去や取り壊しを行う労働作業環境であるが、空気中濃度は様々な条件で違ってくる。そのため、作業前に対策の必要性を判断するのが難しい。それに対して建材の含有量は作業前にサンプルを取って分析すればよいので、規制する方もされる方も都合がよいのだ。

 しかし、建材の含有量での規制は矛盾も引き起こす。例えば、0.1%超の石こうボードを除去しようとすれば石綿則の規制を受ける。それがたった1枚でもだ。除去作業で発生する石綿粉じんを作業者が吸い込む量は殆ど皆無といえるだろうが、規制を受ける。あるいは、屋外の外壁の仕上げ塗材をわずか1㎡除去する場合も、隔離作業が必要になる可能性がある。前の記事でも述べたが、屋外の通風のある良好な作業環境をわざわざ、密閉隔離して劣悪な作業環境にすることになる。本来は、作業環境の空気中濃度を規制すべきところを、建材の含有率で規制したために、作業環境を悪化させてしまうのだ。陳腐な言い回しだが、「0.1%」という数字が独り歩きしている。

 次に、建築基準法の規制をみてみよう。建築基準法関連も2006年に石綿則と同時に改正された。規制される対象はどちらも、0.1%超の建材であるが、規制によって保護している対象は異なる。石綿則は、労働者を保護するのが目的である。よって、建材の生産や除去、解体作業を行う場合の規制である。一方、建築基準法は建物使用者の安全や健康を守るのが目的であるので、建物に使用する材料の規制である。

 建材の生産や除去作業では粉じんが大量に発生するが、建物に使用されている状態の建材からは、劣化した吹付材ぐらいしか粉じんは飛散しない。にもかかわらず、規制値は同じ「0.1%」なのだ。とはいえ、同じにした現実的な事情は分からないでもない。建物使用者の健康には問題ないにしても、生産が禁止された違法建材は使用も禁止したほうが分かり安いし、いずれ取り壊し時に対策が必要になるものは使わない方が望ましい。ただし、実際にそのように法規担当が考えたかどうかはわからない。国交省が独自に建材の規制値を決めるのは難しいし、厚労省の規制値を踏襲したほうが説明が簡単だというだけでそうなっている可能性が高そうだ。

 現実的には無理もないと思いつつも、「0.1%」が独り歩きしていて弊害を招いているのも事実だ。「0.1%」には健康上の根拠はないことを建築関係者は理解しておくべきだ。規制の歴史をたどれば、1975年に5%を超える吹付材が原則禁止となり、1995年に1%を超える吹付材が完全禁止になった。そして、2006年に0.1%を超えるすべての製品の製造と使用が禁止になった。30年あまりの期間で、健康影響の医学的見解が変わったわけではない。規制値が変わったのは、建材メーカーの対応準備が整ったことと、分析の検出限界が徐々に明確になったのが大きいのではないだろうか。

 建材の石綿分析のJISは何度も改正され、今後も改正される予定らしい。その都度、検出限界が議論になっているようだ。前述のとおり健康と関係があるのは空気中の石綿濃度であり、建材の石綿含有率は直接関係しない。従って、建材の石綿分析法の規格は、分析技術の都合で決まっていると考えた方が良い。法的な規制値は、分析の技術的限界を無視できないし、逆に、法の規制によって、分析業界は死活問題になるほどの影響を受ける。

 環境規制が厳しくなるにつれ、有害物質の分析機関の仕事はおそらく増えているはずだが、石綿については減っていると聞く。石綿製品が禁止され、除去も進み、世の中から石綿が減り続けているからである。下司の勘ぐりかもしれないが、新たな仕事を求めて、外壁の石綿分析を開拓しているような気がしてしまう。それは、思い過ごしだろうが、外壁石綿の被害は1件も発生していないのだ。何度も書くが、下手に規制すれば、除去作業者の被害が出る可能性がある。

*1:食品に含まれる有害物質の規制でも同じ問題がある。健康への影響は摂取する総量によるので、低濃度でも大量摂取すれば危険であるし、高濃度でも少量なら安全である。にもかかわらず、食品ごとに有害物質の濃度で規制されているのは、摂取する食品ごとの量を平均的な日本人の食生活を元に仮定しているためである。これが、平均的なバランスのよい食生活を心がけるべきで、偏食が危険と言われる理由の一つである。食品の場合は平均的な食生活からのばらつきは少ないが、建材の使用量は建物によって全く違うので、平均には意味は無い。