3枚のカードの問題の錯覚

(前回から続く)

 私はモンティ・ホール問題も2人の兄弟の問題も答えを知っていたのに、3枚のカードの問題を間違えました。分かっているつもりでもいい加減なものです。また間違えないように、どのあたりで錯覚したのが考えてみました。

 確率の問題は数学だけでなく、言語の問題の側面があります。私は、現代確率論は理解していませんので、素朴に「同様に確からしい」という確率の基本単位から考えていきます。サイコロの問題なら、1から6の目が出る確率は「同様に確からしい」と考えますし、3枚のカードの問題なら、どのカードを選ぶ確率も同じです。1枚のカードを机の上に置いたとき天を向くのが表と裏の確率も同じと考えます。

 そういうことは、確率の問題にはまず明示してありません。説明するまでもないからでしょう。ところが、必ずしも明らかとは言えない場合があって、大抵の確率の問題はそこの錯覚を利用したひっかけ問題っぽいところがあります。そこのところを丁寧に追ってみます。

 まず、似ているようで違う問題を考えます。

トランプのスペードとハートのカードが1枚ずつ裏返しに置いてあり、どちらか1枚を選んだ時にハートの確率は?

 簡単すぎますが錯覚を探すためです。考え方は、スペードとハートを選ぶ可能性は同様に確からしいので、どちらも1/2である。従って、ハートである確率は1/2である。ばかばかしいほど簡単です。

 次の問題も、本質的にまったく同じです。

表が赤、裏も赤のカードと表が青、裏が赤のカードが1枚ずつ裏返しに置いてあり、どちらか1枚を選んだ時に表が青である確率は?

 それでは次の問題はどうでしょうか。

両面赤のカードと片面が赤、もう片面が青のカードが1枚ずつあり、1枚を選んで机の上に置いたら赤い面が見えていた。反対側が青である確率は?

 こうやって3つのケースを書けば、なんとなく違いが分かってきます。1番目と2番目のケースでは裏返しに置くという手順があるのに対して、3番目では表裏の区別がありません。無作為に置いたら偶然赤面が見えたというだけです。

 この場合、「同様に確からしい」と考えられる分岐は4つあります。見えている面が、両面赤カードの表面、両面赤カードの裏面、赤青カードの赤面、赤青カードの青面の4つです。そのうち、最後の可能性を排除しているので、問題の条件では「同様に確からしい」分岐は3つになります。

 このことが単なる抽象的な思弁ではなく、具体的な行為の差になることは、多数回試行の実験をしてみれば明白になります。1番目と2番目のケースでは、2枚のカードを裏(赤面)にしたままシャッフルして、無作為に1枚を選ぶという試行を繰り返せばよいです。しかし、3番目のケースでは、2枚のカードを表か裏か分からないように袋にでも入れて、無作為に1枚を取り出して机に置きます。それだけだと、青面が見えている場合があるので、それ排除するという手順が加わります。赤面が見えている場合だけカウントして反対側の色を集計しなければなりません。

 問題文のように、1回だけ取り出して、偶然赤面だった場合の確率と尋ねられると、青面が見えている場合が排除されているという条件が見えにくくなってしまいます。そのため、2番目のケースと3番目のケースも同じであるという錯覚を起こしてしまったわけです。この錯覚は、数学的センス欠如というよりも、問題文の読解力欠如、あるいは細部を見落とす不注意といえるかと思います。

 同じことですが、カードを選ぶという行為と選んだカードを机に置くという行為は違うのに、その違いを見落とすともいえます。1番目と2番目のケースではカードの置き方は裏返しに置くという一通りに決められていますので、カードを選ぶという行為と結局同じになります。分岐は2通りしかありません。一方、3番目のケースではカードの置き方に表と裏の二通りありますので、可能性は4つに増えますが、カードの選び方の2通りしかないように錯覚したのだと思います。

 さて、このような錯覚を起こさないには、1回だけの出来事の確率として考えるのではなく、多数回試行の分岐を数え上げるのが有効かと思います。

 すべての場合のうちAやBという条件を満たす場合の割合を事前確率P(A)、P(B)といいます。また、Aという条件を満たす場合のうちBという条件を満たす場合の割合を事後確率P(B|A)、Bという条件を満たす場合のうちAという条件を満たす場合の割合を事後確率P(A|B)といいます。その関係を表すのがベイズの定理ですが、確率の表現だとピンときません。しかし、多数回試行のベン図で考えれば直感的にわかります。