人は意識して努力しないと馬鹿をする

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40262?page=3 

「笹井さんほどの人が、STAP細胞の危うさを見透かせないはずはない。それなのに、なぜ道を誤ってしまったのか。自分の研究者としての名声を天秤にかけて、仮にすべてを投げうっても足るだけの魅力が、小保方さんとSTAP細胞にはある。笹井さんがそう思い込んでしまったのだとしか考えようがありません」(前出の笹井氏知人)

 この記事では,笹井さんほどの人が、STAP細胞の危うさを見透かせなかった原因を小保方さんとの親密な関係に求めています。その品のない憶測が当たっているか知りませんが,別にそんな憶測をしなくとも説明は出来ます。

 「笹井さんほどの人が、STAP細胞の危うさを見透かせないはずはない。」のはその通りでしょうが,それには条件があります。疑いを持って意識的に努力すればという条件です。意識的に注意を傾けなければ,殆ど自動的に,つまり何も考えずに判断を下してしまうのが人間だからです。別に「すべてを投げうっても足るだけの魅力が、小保方さんとSTAP細胞にはある」必要は無いのです。

 私は事故の調査に係わって,人は何も考えずに判断することを実感しました。私でも少し考えれば危ないと分かる様な行動を,笹井さん並に優秀な人が何気なくしてしまいます。なので,安全の分野では,人間は馬鹿なことを行うものだという前提でのフール・プループ的対策が必要だとされています。

 人間の不合理とも思える判断や行動については,行動経済学や心理学での面白い実験が数多くあります。人間の脳は時間とエネルギー(糖質)を多量に消費する熟慮は通常行わずに,省エネ運転をするそうです。省エネ運転とは,直感的に瞬時に判断することです。瞬時に判断するためには,難しい問題を簡単な別の問題に置き換えたり,取りあえず見たものや経験したものだけ判断するとのこと。突然,猛獣や暴走車が向かってくるような場面では,どうすべきか熟慮する前に反射的に逃げた方が生き残れる可能性が高いからです。このヒューリスティックな方法でも大抵の場合は十分上手くやれるのです。

 熟慮する時間が十分にあり,熟慮した方が良い場合も多くありますが,そのためには意識して努力する必要があります。努力する必要のない省エネ運転が人間の脳の初期設定ということは,人間は思考の怠け者だというです。それは笹井さんでも例外ではありません。

 興味深いのは,熟慮思考(行動経済学ではシステム2とかタイプ2と言う。それに対して直感的な思考をシステム1やタイプ1という)は,合理的で,真面目ですが,創造的な仕事は苦手だと言うことです。創造的な仕事はおもにシステム1の直感的な連想力が係わっています。ただし,直感はシステム2の努力で訓練しておく必要もあり生まれながらの才能だけでは無理です。将棋の名人は対局では長手順を読まずとも感覚的に妙手を指します。それが出来るのは稽古で徹底的に手数を読んでいるからで,ヘボの私には無理です。再生医療分野で創造的な仕事を成すには,専門的な訓練が必要なのは言うまでもありません。

 新手を発見するには創造性が必要ですが,それが妙手である確認は手を読むしかありません。研究の実験もこの手を読む作業であり,創造性は不要ですが根気が必要です。そして論文には重要で必須の作業です。それを行うのは執筆者です。笹井さんは,STAP細胞論文の執筆者でもありますが,名義貸しであると受け取れる発言をしています。つまり,手を読んで確認していないのです。もし手を読んでいれば,STAP細胞の危うさに簡単に気づいたのでしょうが,直感による予測しかしていませんでした。笹井さんほどの人なら将棋の名人のように手を読まなくても予測出来るかというと,研究は将棋とは違いが有ります。直感を磨くだけのフィードバックのある経験の数を積むことは無理です。研究の予測が当たった試しは殆ど無いのではないかと思います。

 発想を豊かにする創造性を訓練することは出来ますが,発想が正解であるかどうか予測することは不可能だと言うことです。創造性が豊かな天才も凡人も発想が正解である歩留まりは大した違いがないと思います。ちがうのは発想の数です。発想の殆どは間違いですが,数が多ければ中には重要な発見もある可能性が増すというだけです。