ETCのヒューリスティックな予測は外れた

■ETC議論を振り返る

 今や90%近く普及したETCですが,導入当初は激しい批判に晒されていました。2001年頃にはETCに疑問を感じていた人も多いのではないでしょうか。今はどうでしょうか。ふとしたことで,昔の議論を思い出しました。普及したという結果が出た今,当時の議論を総括するのも意味があると思い,まとめました。

■当初は普及せず,反対意見が多かった 

 当時は,ETCを批判する「ETC逝ってよし」とか「有料道路研究センター」などのサイトがありました。後者は今も批判を続けています。メジャーの新聞も料金所のETCレーンがガラガラで一般レーンが大渋滞の写真を掲載して,「税金の無駄使いなど」と結構批判していました。行政がほめられることなんて殆ど有りませんから,これは宿命でしょう。

 また,国交省のサイトには道路行政への意見を発言出来る掲示板があり,ETCについての意見も掲載されていました。批判的意見の多くは,ETCそのものを否定するものでした。代表的な意見は,ETC車載器を買えるような裕福な利用者を優遇し,一般利用者を差別すると言うものでした。渋滞解消効果も無いという意見も有りました。その他,関連団体への利益誘導,クレジットカードを持てない利用者無視などでした。やたらクレジットカードを押しつけられる今から見ると時代を感じます。特権的ETC利用者と庶民のETC非利用者の対立構造という時代がかった設定を感じたものです。

■当初の国交省のやり方では普及するはずがないと思った

 私も批判的意見を投稿していましたが,ETCそのものには賛成で,当時の国交省のやり方では普及するはずがないという意見でした。私自身利用する気にならなかったからです。国交省は,ETCを追加料金を支払えば,プレミアムサービスを受けられる「商品」として宣伝していました。「商品」ですから,当然代金を支払う必要があり,それがETC車載器購入費や登録料というわけです。当時は車載器が3万円程,登録料8千円もしました。その変わりに得られるプレミアムサービスとは,料金所で渋滞している一般車を尻目にノンストップで通過できるという優越感と料金支払いの手間がないというもの。

 これって勘違してないかというのが,東関東道でETCの運用が始まったときに感じたことでした。料金所に至る道路はETC車も一般車も共通ですから,渋滞があれば,ETC車も巻き込まれますし,渋滞が無くなれば,一般車もスムースに通行できます。追加料金に見合う差別化を行うためには,料金所に至るまでのある程度の距離も分別し,一般車レーンの渋滞は解消せずに,ETC専用レーンだけ解消する必要があります。まあ非現実的です。一般車の渋滞も解消するのだったら,高い車載器など買う気にはなりませんからね。確かに,料金支払いの手間は省けますが,そのために数万円は高すぎます。そもそも東関東道のような地方路線には渋滞はほとんど無く,ETCのメリットなぞ感じられず,閑古鳥が鳴く有様。国交省道路局は何を考えているのだと思いました。

■ETCは純粋公共財であり,商品ではない

 国交省の説明によると,ETCは渋滞解消が主目的という公共サービスであり,代金を支払った者のみがサービスを受けられるという「商品」ではなかったはずなのですが,どこかでおかしくなっていました。ETCサービスは「非競合性」と「非排除性」を持つ「純粋公共財」と言えます。渋滞が解消すれば一般車も恩恵に預かれます。即ち「ただ乗り」可能という「非排除性」があるのです。また,一般車が恩恵にあずかることでETC車のサービスが低下するわけでもありませんから「非競合性」も有ります。防衛,消防,放送などと同じ類の公共サービスと言えます。

 公共サービスならば,有料道路利用者全員の負担で費用を賄うべきで,ETC利用者だけに負担させるのは間違いだと思いました。例えば,車載器を無料貸与するという方法もあり,外国では実施している例もありました。あるいは,ETC割引で車載器費用をチャラにするという方法もあり,そうすべきだと考えました。


■ETCの方が得になったとたん普及

 国交省も普及が進まないことに業を煮やし,2001年頃から割引に踏み切りましたが,これが実に中途半端でした。割引には上限が有り,車載器や登録料をチャラには出来なかったからです。車載器購入補助なども有りましたが,期間限定の台数枠のあるものでした。これでは駄目と私は思い,掲示板に「ETCの方を一般車より得にしなければ駄目」と投稿しました。一方で,この程度の割引でも大きな反対があったのでした。「なぜETC車ばかり優遇するのだ」と。

 しかし,その後国交省も認識を変えたのかどうか知りませんが,ETC割引が進み,走行距離の多い利用者ならETCの方が得になりました。「これで普及が進むだろう」との予測を掲示板で発言しましたが,その後,予想通り急速に普及したのです。渋滞解消効果も有りました。私自身は,有料道路利用が少なく,その後も利用していませんでしたが,5年ほど前に首都圏に引越し,遅ればせながらETCを導入しました。その時の車載器はセットアップ費用込みで総額1万円以下で済みました。キャンペーン中で取り付け費は指定店で行い無料。

■ETCサービスは商品ではないが,車載器は市場効果で低価格に

 ちなみに,冒頭で触れた「有料道路研究センター」はいまだにETCを批判していますが,その理由は「日本のETCシステムは高級過ぎる」というものです。確かに海外には,非常に簡便な方式もあり,それでも渋滞解消効果だけなら十分です。日本のETCは多様な料金体系に対応する必要性,ロードプライシング,将来のITS拡張も視野に入れており高級です。

 私も,もっと簡便で安い方式でも良いのではないかと思いますが,私が支払ったのは1万円以下でしたから,大したことはありませんでした。これだけコストダウン出来たのは,民間の競争に任せたからだと思いますが,仮に簡便な機器を公団が貸与する方式にしていたとすると,コストダウンや技術開発は進まなかった可能性もあります。


■反対論の予測が外れた理由

 ETC反対論者が予測を見誤ったのは,ETCそのものに付いて技術的な評価をせず,関連団体の利権という政治的批判の視点が強かったせいではないかと私は感じています。利権構造は多かれ少なかれ実際にあると思いますが,それとETCの有用性は別の話です。掲示板の反対論者も,どうせお役所仕事だから巧くいくはずがないといいう属人的,属組織的判断が多かったと記憶しています。ETC関連企業やETC利用者の利益を目的としているのだから,一般利用者(ETC非利用者)に不利益を与えるはずだと。仮にそう言う目的だとしても,一般利用者の利益にもなる場合もあるのですけどね。渋滞解消効果も時速20km/hの低速では殆ど無いという感覚的なものでした。シミュレーション結果で効果があることは判っていたのですが。

 有料道路そのものに反対なので,ETCなど論外という反対論者もいました。有料道路の既成事実化を強化するだけだと言うわけです。しかし,有料道路に反対でも,既に存在している有料道路について渋滞解消やコスト縮減効果があるのなら結構な話ではないでしょうか。ETCが有るからといって無料化の障害になるものでもありません。

 この様な属人的所属集団による判断は,ヒューリスティックですから,外れることはよくあります。ただ,ETC反対論者の予測で当たったものもあります。「イーテック」という愛称が全く普及しなかったことです。私も「E電」の二の舞になると感じていましたが,これは,お役所はネーミングセンスがないというヒューリスティックな判断に基づく予測が当たった例です。