ETCと武雄市図書館 ー 市場と公共

 今では覚えている人も少なくなっていますが,15年程前、ETC論争なるものが有りました。新聞などのメディアはETCを批判的に取り上げ,国会への質問書も提出されるという政治問題にまでなりました。

 「ETCなんか止めてしまえ」という反対派だけでなく,推進する国交省やその支援者にも的外れな理解がありました。次のリンク先の記事もその一例です。

"ETCの魅力"の合意はできるか
倉沢 鉄也 TRAFFIC & BUSINESS 2001年夏号
http://www.jri.co.jp/company/publicity/2001/detail/etc_miryoku/

 今では,ETCは話題になることも少なく,関心が有る人も少なそうですが、ETCは公共の役割を考えるよい題材だと思います。今でも、同じような勘違いが見られますので、古い記事を振り返って見たいと思います。

 リンク先の倉沢 鉄也氏は,ETCを公共財ではなく,個人消費財と捉えています。必然的に,カーナビやスマホなどのように消費者にとって魅力的なものにしなければ、売れないし普及しないという主張になっています。当時は国交相自体がそのような売り込みをしようとしており,特に珍しい見解ではありませんでした。国も民間企業を見習い,顧客である国民に魅力有るサービスを提供すべし,というような主張が隆盛を極めた時代にもマッチしていたといえます。

約1年半前、筆者は本誌上で、「ETC関連商品は、モバイル商品と比較されて買われる」「購買する一般市民はITS関係者が考えるより成熟している」「一般市民皆がITSの専門家だという視点で合意形成方策をはじめなければならない」という点を指摘した

問3 ETCのターゲットとは誰か(to Whom/Where)。
問4 ETCの訴求点、魅力とは何か(What/Why)。

 完全に個人向けの商品として扱っています。もう少し引用します。

 この視点が、ITS関連市場を担うべき民間企業、そして政府にも非常に希薄である。「クルマで移動するため必要なものには出費するだろう」あるいは「クルマのオプション相応の金銭感覚で出費してくれるだろう」という発想から構築した市場の読みは、少なくとも日本では通用しない。もちろん、「交通渋滞を解消するために、環境保全のために国民は積極的に出費するだろう」「法律で義務づけられたらおとなしく買うだろう」ということも当面日本では起こらない。ITSがターゲットとする消費者は、もっと成熟している。

 交通渋滞解消や環境保全という公共目的ではなく,個人消費者に訴える魅力が必要と言っています。経産省がITS関連業界育成を目的にしているのなら分からないことも有りません。しかし,ETCは国交省の事業であり,交通渋滞解消や環境保全を目的として考えられたものです。そもそもの目的は隅に追いやられています。見出しにもはっきりその立場が現れています。

 ●ETC車載システムを消費財として取り組むために
 ●メディアとしての魅力をどうつくるか

 高速道路の料金収受以外の魅力的な付加機能として,ガソリンスタンド利用,コンビニエンスストア利用などを提言しています。これらは,現在ではスマホの機能に取り込まれつつありますが、当時はETCで行おうと考えていた人もいたのです。

 以前にも説明したように、渋滞解消というサービスは純粋公共財的なタダ乗りを排除できないなどの性質を持っているので、個人に商品として売ることは困難です。

「ETCのヒューリスティックな予測は外れた」
 http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20140203/1391417790 

 そのため、別の魅力的な商品価値を付加する必要があると考えたのが、当時の国交省やリンク先の記事です。国交省は、当初、ノンストップで料金所を通過できるという魅力で十分と考えましたが、倉沢 鉄也氏は不十分でもっと魅力が必要だと提言したわけです。

 その例として、ガソリンスタンドやコンピニでの支払を提言していますが、これらは、商品と言えるものではなく、売り手側の手間や人件費削減の方策です。お客にとって魅力があるのではなく、売り手に魅力があるものです。従って、お客に使ってもらうために、コスト削減の範囲内で本来の商品を割り引くなどしてお客に使ってもらう必要があります。インターネットで注文すれば割り引きがあるのも同じ理由です。お客にとっても、現金不要などのメリットがないこともありませんが、それは本来の商品購入の注文や支払の手間が簡単になるという付随的なもので、商品そのものではありません。そのためだけに数万円もするパソコンを買う人などいません。

 ところが、料金支払い時のキャッシュレス、ノンストップのためだけに数万円もする車載器をドライバーは買うと国交省は考えたわけです。さすがにそれは無理だと考えた倉沢 鉄也氏の提言もコンビニ支払などで五十歩百歩に過ぎませんでした。

 とはいえ、魅力的な商品価値を付加して「商売」として成功できた可能性もあります。例えば、音楽配信やカーナビ機能など、現在ではスマホが行っているような商品が考えられます。実際に、JRは本来の公共輸送機関としての使命以外の事業に進出してある程度成功しています。

 JRは民営化したので、本来の公共的使命に縛られなくなったのでそういうことが可能になりました。高速道路の運営も株式会社ですので、同様に可能です。ところが、国交省の予算も投入されており、ETCの開発にも使われています。なぜなら渋滞解消とその効果で排ガス低減などの公共的効果が見込めるからです。そのための手段がETCなのですから、たとえ個人消費者向けの音楽配信サービスなどを付加したとしても、渋滞解消などの公共目的を忘れてもらっては困ります。JRが僻地の鉄道は儲からないならと廃止を進め、儲かる別の事業ばかり行うようになってしまえば困る人も出てきます。そうなってしまえば、僻地の交通はまた公共が担う必要が出てきます。

 唐突に武雄市図書館の話になりますが、個人消費者向けの喫茶や書店の機能を付加して集客効果という面では成功したといえます。ですが、公共図書館としての本来機能の評価はどうなっているのでしょうか。公共が民間企業を見習うのも良いのですが、民間企業では提供できないサービスがあるから公共があります。民間市場と公共のバランスはなかなか難しいです。