レガタ基地での魚獲り

 昭和17年12月下旬晴れわたった日である。空襲さえなければ本当にのどかな日である。じっとしているのももどかしく「魚でも獲るか」と安易な気持ちで員数外の手榴弾1個を手にして砂浜に出る。本当に別荘地を偲ばせる風景である。岸辺を注意し乍ら歩いてゆく。鯵の大群が銀色の横原を水面上に盛り上がらせ,丸く円をつくり廻って居るが,次第に円が近づいてくる。頃はよしと安全栓を引き抜き魚の円の中に放り込む。爆発と共に海面が一面銀色となる。しめたと思い海に飛び込み砂浜へ魚を放り上げて居たところ,銃声3発。ホントに魚は欲しいがと思っているところへグラマン3機。椰子林の奥の方から低空でキーンと風を切り,銃撃してきた。何も彼も放り出し一目散に椰子林の方へ機銃掃射されつつ砂浜を駆け上り,溝があってので飛び込む。グラマン3機旋回しては次々に銃撃してくる。
 溝の渕にしがみつき安心は出来たが,銃撃の都度草木の葉が飛び散ってくる。低空で太い胴体を見せキーンとうなりを立て銃撃,椰子葉を散らせブーンと海の方へ上っては又旋回してくる。やっと爆音が遠ざかったので溝から這い上がって見ると,今度は異様な臭いがする。ズボンを見るとベタリと異様なものが付いている。付近を見ると矢張り元海軍の宿舎が建っており,その溝を便所に使用していたものと思われる。すぐ海に入り砂でズボンも身体もゴシゴシ洗い「ホントに便所さん有り難う」と独り言を言ったものである。
 その後亦魚を集めて天幕に入れ,背負って宿舎へ帰った。夕食は刺身,焼き魚,煮付け等で膳が賑わい皆喜んで呉れた。その間誰かが「臭い」と言い出さないかと気になっていたが,その侭何事もなく「今晩の魚はおいしかった,有り難う」と言って呉れた。敵機に追われ溝に飛び込んだとはとうとう口にしなかった。