現実味のない思弁「眠り姫問題」

  •  様々な条件付き確率

 今まで述べてきた、病気の診断、製品検査と「眠り姫問題」をまとめて示したのが下表です。それぞれの条件付き確率とは、陽性者のうち有病者の割合、合格品のうち旧製造機で作られたものの割合、そして質問のあった日のうちコインが表だった日の割合です。それ以上の意味はありません。ここで「眠り姫問題」の表中の助数詞は「人」ではなく「日」にあえてしました。この方が条件付き確率の意味がはっきりすると考えたからです。

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  •  条件(陽性、合格品、質問日数)の意味?

 「眠り姫問題」がモヤモヤするのは、コインが裏だった場合に行われた月曜日と火曜日の質問を2回と数えるか1回とかぞえるかあやふやなところに原因があります。眠り姫は一人しかいませんので、2回だろうと1億回だろうと眠り姫にとっては1回の質問と同じことだと考えるのは、もっともです。しかし質問は2回されています。どちらが妥当なのかという議論が延々と行われてきました。

 妥当性の判断の基準は確率を使う目的で異なります。病気の診断では陽性者が本当に病気である可能性を推測するのが目的です。その際に用いる検査は実体のあるものでその結果の陽性にも医学的な意味があります。また、製品検査の目的は、合格品が旧製造機で作られた可能性の推測が目的です。その判断に用いる検査とその結果の合否にも実体的な意味があります。

 ところが「眠り姫問題」の質問が行われた日数や、それを用いて算出した「質問した日数のうち表であった日水の割合」は、どのような目的に使うのか全く不明です。さらに質問日数は陽性や合格と違って実験者が適当に決めただけのものです。このような適当に決めた質問日数を用いて計算した事後確率「1/3」が眠り姫の現実の生活に影響するとはとても思えません。あえて考えれば「賭けバージョン」のように質問の都度に賭けを行い、それが全部有効な場合は影響します。この場合はお金という実に現実的で生活に関わる判断に役立つ確率といえます。とはいえ、こんな賭けを持ち掛ける胴元は現実にはいないですし、現実性という点では、事前確率のコインの表裏によって眠り姫の現実の生活に関わる重大事が決められるほうがまだありそうです。

 このようなことを考えると、直観的に「1/2」と感じるのは論理的ではないものの、現実感覚が反映されたヒューリスティックな勘なのかもしれません。この場合のヒューリスティック判断とは、確率の値が妥当かの判断ではなく、その前段の判断になります。どのような確率を求めよという問題と考えるのが妥当かという判断です。通常の確率の問題では、「どのような確率を求めよという問題なのか」判断をする具体的状況が述べられていて、そこから論理的に判断できるのですが、「眠り姫問題」にはないため、ヒューリスティックに判断するわけです。しかも無意識に行い、自覚がないので混乱するのではないでしょうか。

  •  絶対に見解が一致しない議論

 ギャンブルを途中で中止せざるを得ない場合、掛け金の払い戻しを行わなければなりません。中止時点の優劣を判断して、妥当な配分を決めるために確率は発達したと言われています。お金という最も現実的な問題を処理するために考え出されたわけです。確率にもいろいろあり、どれを使うのが妥当かは解決したい問題によります。解決したい問題が不明ではどの確率を使ってよいのか分かるはずがありません。

 建築物の構造計算をするには先ず現実の建物をモデル化します。モデル化にはさまざまな方法がありますが、現実の建物を反映したものでなければなりません。肝心の現実の建物が不明では、どのモデル化が良いかなど分かるはずがありません。

 ウィキペディアには、「眠り姫問題」について「専門家同士でも答えが分かれるパラドックスでもある。」と書いてあります。「専門家」とは何の専門家なのかわかりませんが、答えが分かれるのは、事実のようです。ただし、パラドックスだからではなく、違う問題を考えているからでしょう。しかも、一人で。

 

(追記)

 「1/2」はヒューリスティックな勘と書きましたが、「1/3」も同じですね。条件付き確率と考えたのは、問題文の設定は総て使うはずだという判断で、これは選択問題で同じ選択が3問以上続くことはないという判断と似たようなものです。論理的に判断できる情報は無く、あいまいな問題と思います。

 最初は「1/2」に決まっていると思いました。ただ、明確に事前確率だという自覚がなかったので、裏の場合の「1/2」を月曜日と火曜日に1/4ずつ振り分けてしまい、その結果、月曜日と眠り姫に教えた時の表の確率が2/3になってしまい矛盾だと混乱しました。事前確率なら質問の回数は無関係なので振り分ける必要などなかったんですね。

 その後、「1/3」とすれば「1/2」のような矛盾(勘違いだったが)が起こらないので「1/3」が正解という意見に傾いたのですが、ちゃんと考えれば優劣はないと思います。

 

 

 

「眠り姫問題」ー「1/3」への違和感(その2)

  • ヒントを頂いた

 「眠り姫問題」について、ツイッターで少しやり取りがありました。といっても、相手の方からの疑問に私が答える一方的なものでしたが。そのうち同じ質問が繰り返されるなど様子がおかしくなってきたので打ち切りました。それでも最初の頃は、私の疑問のヒントになることがあったので、それに関する記事を書き始めていました。それがこの記事です。

 私の疑問とは、前の記事でも述べた「1/3」への違和感の原因です。以前に「賭けバージョン」を考えましたが、相手の方も類似の「クジバージョン」を考えていて、「1/2」になるはずとの意見でした。クジバージョンでは、コインの代わりに当たりの確率が百万分の1のクジを用います。ハズレの場合は眠り姫を1回だけ起こして「ハズレの確率」を質問します。アタリの場合は、1億回起こして、その都度、同じ質問をします。

 「質問された」という条件付きでのハズレの条件付き確率を計算すると、1%以下になりますが、百万分の1の確率でしか当たらないクジが質問の回数を増やすだけで99%以上になるはずがなく、おかしいというご意見でした。

 「おかしい」と言われても、アタリクジ100枚(1億/百万)とハズレクジ1枚の中から1枚抜きとれば、そういう確率になるわけですが、そこで、はたと気づきました。(ヒントを与えてくれた相手の方に感謝します。)おそらく、アタリクジであるかどうかを当てる問題ではなく、実際に賞金をもらえると考えられたのではないでしょうか。そして、1億回分の賞金をもらえるのではなく、1回分しかもらえないと。確かにクジは1枚しかないのですから当たっても1回しか賞金は払わないと考えるのが自然です。その場合にアタリの確率とは、賞金がもらえる確率と考えれば、百万分の1です。ただし、事前確率を質問しただけの自明過ぎるつまらない問題になってしまいます。問題のさまざまな設定は全く余計な目くらましに過ぎないことになります。これに対して、私が考えた賭けバージョンは、質問の都度、賞金を払います。質問される回数が多い方に賭けた方が有利に決まっています。これは条件付き確率の問題になります。

  • あいまいな問題

 よく考えてみれば、「質問された時にハズレ(表)である確率は?」という問は事前確率を尋ねているのか、条件付き確率を尋ねているのかあいまいなところがあります。条件付き確率の場合は「今行っている質問が、ハズレクジ(表)判明後の質問である確率は?」と尋ねると明確になります。また事前確率を尋ねたいなら、「実験開始直後にコインを振った時に表がでた確率は?」、「実験開始直後にクジを開いたらハズレであった確率は?」と言えば明確です。

 要するに、繰り返される質問を全部カウントするのか1回としか考えないかという問題だったのです。それは出題者が決めるしかありません。賞金は質問毎に支払われるのか、1回しか支払われないのかを回答者が議論しても仕方ありません。

 ちなみに、以前に次の「製品検査バージョン3」を考えました。

製品検査バージョン3

旧工作機械は、1/2の確率で合格品を作る。新工作機械はすべて合格品を作る。

コインを投げ表がでたら旧工作機械で、裏が出たら新工作機械で1個だけ製品を作る。その製品は、合格品であった。さて、コインが表だった確率は?

  この問題の場合に、条件付き確率を尋ねるなら「合格品が旧工作機械で作られた確率は?」で、事前確率なら「コインを確認した時に表だった確率は?」とでもすればよいでしょう。ただ、どちらかと言えば条件付き確率と解釈する人が多いようです。

 「眠り姫問題」ではコインを振ったのは1回だけですし、クジも1枚しかないので、事前確率感が強くなるのではないでしょうか。製品検査バージョン3もコインを振ったのは1回だけですが、条件付き確率の条件である合格品であることが意識されやすくなっています。一方、眠り姫問題では寝覚めが条件であると意識しにくいのかもしれません。

  問題は、1/2と考える立場の人でも明確に事前確率の問題だとは自覚していないらしいことです。前述したように事前確率なら、眠り姫の記憶消失や何回も質問する設定は、全く不要な情報ということになりますが、1/2の意見でも、その情報は必要と感じるらしく、明確に事前確率という立場の人はあまりいないようです。事前確率感は強いものの、明確な自覚がなく、奇妙な問題だと感じるようです。一方、「製品検査バージョン3」では事前確率感があまりないので、混乱しないのだと思います。「眠り姫問題」には「1/2」と答える人も「製品検査バージョン」だと[1/3]と答えます。そして両者は全く別の問題だと感じるようです。

 事前確率なのか条件付き確率なのか、どちらが問題文の解釈として妥当かという国語的な議論なら、数学的な議論は起きないはずです。どちらかに決めれば数学的には単純なので、議論の余地はありません。しかし、事前確率でもなく条件付き確率でもないパラドックスめいた奇妙な数学の問題のように思えるのですね。その結果、混乱するのではないでしょうか。少なくとも、私にはそういう混乱があったように思います。

 

【後書き的な雑文】

 以前に数学者の方が「1/2」と「1/3」の両方の立場があり得るけれども、ギャンブラーの立場なら「1/2」を採用する、と言われていて不思議でした。その時は、眠り姫が目覚めた時に行った賭けが全部成立する「賭けバージョン」が頭にあったので、ギャンブラーの立場なら「1/3」だと思ったからです。しかし1回分の賞金しかもらえない「クジバージョン」なら「1/2」ですね。

 これには、さらに続きがあります。ギャンブルが「表(ハズレクジ)」と「裏(アタリクジ)」のどちらかを当てる二択ではなく、300枚のチップを「表(ハズレクジ)」と「裏(アタリクジ)」に配分して賭ける場合、どのような配分にすべきかという問題です。困ったことに、どちらのバージョンなのか、胴元が教えてくれないあやふやなギャンブルなのです。あやふやで不確実な情報でも戦略を考えるのがギャンブルなので、最良の戦略はあります。

「眠り姫問題」ー賭けバージョン」にほぼ答えが書いてあります。

 

何も不都合はないのに「1/3」に違和感があるのは何故?「眠り姫問題」

  • 何も不都合はないのに、違和感がある

 「眠り姫問題」は条件付き確率の問題です。前の記事に書いたように、淡々と考えれば「1/3」という答えが出ます。事前確率を問う問題と解釈する以外では、「1/2」には、決してなりません。なぜなら、

・コインの表と裏が出る事前確率P(A)=P(a)=1/2

(コインに歪みはない)

・表で目覚めている確率P(A∧B)と表で目覚めない確率P(A∧b)が等しい

(表なら月曜に目覚め、火曜日は寝覚めない)

・裏で目覚めない確率P(a∧b)=0

(裏なら月曜日も火曜日も目覚める)

の3つの条件を満たす、P(A∧B)=P(a∧B)となる答えはありません。従って、目覚めているという条件付き確率P(A|B)=P(A∧B)/{P(A∧B)+P(a∧B)}は1/2にはなりません。

 極めて単純な結論であり、「1/3」だと矛盾が生じるとか理屈に合わないということは一切ないのに、「1/3」に違和感があるのは何故なのかを暇つぶしに考え続けてきました。ただただ直観に反して違和感があるというだけです。そしてこの違和感は「眠り姫問題」だけでなく条件付き確率一般に感じられるものとどうやら同じらしいということも以前の記事に書きました。その点をもう少し考察してみます。違和感にも強弱があって、多数回試行がイメージしにくい1回だけの出来事の場合強くなるようです。

 

  • 条件付き確率の条件が意識されにくくなる

 単純な条件付き確率では、違和感が少ないものもあります。例えば、サイコロを振って奇数の目が出る事前確率は1/2です。これに4以上の目という条件を付ければ1/3になります。数式で書けば、

 P(奇数)=1/2P(奇数∧4以上)=1/6P(4以上)=1/2

 以上より、P(奇数|4以上)= P(奇数∧4以上)/ P(奇数)=1/3

 しかし、こんな数式など使わずに、4以上の奇数の目は1個、4以上の目は3個だから、1/3と普通は考えます。頻度を数え上げて、最後に割り算をして確率にするほうが感覚的に分かり安いからです。頻度を数えるのは多数回試行で考えるということです。これに対して最初から確率を用いて条件付き確率の公式を使うのは感覚的に少しわかりにくくなります。

 そして、頻度で数えることは出来るけどなんとなく、数えにくい問題もあります。以前の記事の製品検査バージョンを再掲します。

 

製品検査バージョン2

 旧工作機械と新工作機械の2台を持つ工場がある。どちらの機械のも1日当たり生産能力は同じである。ただし、旧工作機械は製品の半数が不合格品になる。それに対し新工作機械は全部合格品になる。ある日に生産された合格品から1個を取り出した時、旧工作機械で作られた製品である確率を求めよ。

 

製品検査バージョン3

旧工作機械は製品の半数が不合格品になる。新工作機械は全部合格品になる。コインを投げ表がでたら旧工作機械で、裏が出たら新工作機械で1個だけ製品を作る。その製品は、合格品であった。さて、コインが表だった確率は?

  

 バージョン2は多数の合格品から1個抜き出した製品が旧工作機械で作られた確率を尋ねています。それに対して、バージョン3は1個だけしか作っていない製品について尋ねています。前者では「合格品」という条件の使い方が分かり安くなっています。新旧工作機械で100個ずつ作ったのであれば、旧50個と新100個、計150個の合格品から1個を取り出した時の確率と自然に考えられます。一方後者のバージョン3では、最初から確率で考えるように誘導され、合格品という条件をどのように反映してよいか直観的に分かりにくいです。

 確率で表せば、下式になりますが、なんとなくピンと来なくなります。

  P(旧|合格品)=P(旧∧合格品)/P(合格品)

 1つだけしかない製品が合格品である確率P(合格品)なるものがイメージしにくい上に、その製品が旧工作機械で作られた確率P(旧|合格品)となると、モヤモヤしてきます。

  •  条件らしくない条件

 「眠り姫問題」では更に「目覚め」という条件を意識させない仕掛けがあります。通常は「条件」を付ければ範囲を狭めることになります。4以上という条件を付ければサイコロの目の可能性は6から3に減ります。ところが「眠り姫問題」では、逆に広げているように見えます。コインの裏が出た100回の内、目覚めている50回に制限するのは条件という感がしますが、1回しか出ていない裏で2回目覚めさせるのは、逆に拡大しているように感じます。しかし、これは相対的なトリックで、月曜日と火曜日の二つの状態があるうち、表の場合は目覚めていない火曜日を排除する制限です。月表火表月裏火裏から火表を引くのと、月表月裏火裏を加えるのは同じです。

 「眠り姫問題」で考えなければならない出来事は、眠り姫の状態です。コインの表裏、月曜か火曜か、目覚めているか眠っているかの組合せで8つの状態があります。目覚め状態という条件で、表である確率を尋ねています。ところが、前述のように月表月裏火裏を加えるイメージだと、月裏火裏が一つの出来事と認識されやすくなります。月裏火裏が一つの出来事とするならば表の場合の月表火表も同様に一つの出来事とすべきですが、それはしにくいというご都合主義が人間の感覚にはあるようです。ご都合主義をやめれば、寝覚め・眠りという区別もなくなります。それは結局、表と裏の二つの状態のうち表の確率すなわち事前確率を尋ねていることになります。

 

  • 条件らしい条件バージョン

 月裏と火裏を一つの出来事として扱い条件付き確率の条件らしくして、さらに表の場合の目覚めと眠りをご都合主義ではなく二つの出来事として扱えるようにしたバージョンです。このバージョンでは眠り姫は記憶を失う必要はありません。

 

 日曜日に投げられたコインが表だった場合、月曜の朝に再度コインを投げ、表だったら眠り姫を起こし質問をする。裏なら起こさない。日曜に投げられたコインが裏だった場合は月曜日に起こして質問する。

 質問を受けた時にコインが表だった確率は?

 

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「眠り姫問題」を変な哲学に惑わされずに地道に解く

 「眠り姫問題」についてあれこれ書いてきて、これからも書くかもしれませんが、ここらで、確率の問題らしく地道に解いてみることにします。

 起こりうる状況の総てを下表に示します。同じ色で塗っているところの合計は1になります。特に条件が無い場合のコインの表裏は同じ確率なのでP(A)=P(a)=1/2です。その他の条件は、コインが表なら覚醒(月)と睡眠(火)が1回ずつあるので、P(A∧B)=P(A∧b)となり、またコインが裏なら睡眠はないので、P(a∧b)=0です。

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 この条件を満たす値は表に示した以外はあり得ません。従って、眠り姫が目覚めている(B)場合にコインが表(A)である確率(P(A|B))は、1/3です。表の事前確率ならP(A)=1/2です。

 疑念を挟む余地はほぼ無くなったと思いますが、最初は疑念だらけでした。P(A|B)を尋ねているのか、それともP(A)を尋ねているのかあやふやという意見もありますが(私はそれほどあやふやとは思いませんが)、すくなくとも、どちらであるか明確にすれば、答えはでます。パラドックスにもなりません。

 繰り返しになりますが、非現実的な設定だと「主観確率」だの「人間原理」だの、哲学的な思弁に引き込まれてしまい、地道に確率の問題として考えにくくなるのかもしれません。試しに、非現実的な設定にすると考えにくくなるのか、有名な「二人きょうだいの問題」をアレンジしてみました。

  •   「二人きょうだい問題」―眠り姫バージョン

 問1 魔法をかけられたお母さんが眠りから目覚めると記憶障害になっていました。子どもが二人いて少なくとも一人は女の子だったことだけは覚えていますが、それ以外の記憶が消えてしまいました。もう1人も女の子である確率は?

 

問2 魔法をかけられたお母さんが眠りから目覚めると記憶障害になっていました。子どもが二人いて上の子が女の子だったことだけは覚えていますが、それ以外の記憶が消えてしまいました。下の子も女の子である確率は?

 

shinzor.hatenablog.com

(3/25 追記)

 月曜日の場合と火曜日の場合の表も追加します。

 同じ色に塗っているところの合計は1/2で、月曜日と火曜日を加えると本文の表になります。

 当然、月曜日で目覚めていて表の確率は、 P(A|月∧B)=(1/4)/(1/2)=1/2。

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(3/26追記 記憶は関係無い)

   本文と3/25の追記に示した3つの表を眺めていて、混乱した原因が見えてきました。

 私の混乱は、次のようなことです。コインが裏だった場合は、月曜日と火曜日の2回目覚めるのですが、そのことをもってして、コインが表だった場合(月曜日の1回しか寝覚めない)の2倍起こりやすいと考えてよいのか疑問でした。月曜日の寝覚めと火曜日の寝覚めは一連の出来事なので、2回ではなく1回と数えるべきではないと思いました。記憶がなくなるので2回のような気がするだけで現実には1回の「出来事」ではないかと。そのように考えると、表の確率も裏の確率も1/2であり、裏の場合は月曜日と火曜日の2回目覚めるので、それぞれ1/2の1/2で1/4となるのではないか。ところが、そうだとすると、眠り姫に「今日は月曜日である」と教えれば、表の確率が1/2÷(1/2+1/4)=2/3になってしまい、「はて?」となりました。

 今、考えてみるとかなり混乱しています。月曜日の四分表を見れば分かるように、確かに裏が出て月曜日に目覚めている確率P(a∧B∧月)は1/4です。しかし、表が出て月曜日に目覚めている確率P(A∧B∧月)も1/4なので、月曜日で目覚めているという条件で表の確率P(A|B∧月)は1/4÷(1/4+1/4)=1/2です。一方、曜日を問わず、目覚めているという条件での表の確率P(A|B)は、月曜日と火曜日を足し合わせた本文の四分表に付記したように1/3です。3枚の四分表が入り混じって混乱していたのですね。四分表を書き下してやっとわかりました。

 実は、眠り姫が覚えていようが忘れていようが起こっている「出来事」に違いは全くありません。この問題の「出来事」は、「コインが表(裏)になった」、「月曜日(火曜日)である」、「寝覚めている(寝ている)」の三つだけです。それぞれに二通りの可能性があるので、8つの「出来事」の可能性があり、それが月曜日と火曜日の四分表の黄色部分になります。尋ねられている確率とは、寝覚めている時の「出来事」の内、コインが表である「出来事」の割合です。すなわち、四分表の目覚めている(B)欄の合計で、そのうちのコインが表(A)の欄の合計を割れば求められます。

 また、四分表の各欄の確率は、問題文の記述から決まります。月曜日と火曜日は同等に起こりうるので、各曜日の四分表の合計は1/2ずつになります。表と裏の確率も同じなので、P(A)とP(a)に1/4ずつ配分します。それを問題文の眠り姫の目覚めと眠りの記述に応じて、4つの黄色部分に配分します。例えば、月曜日には目覚めているので、覚醒(B)欄に1/4全部を割り振り、睡眠(b)欄は0です。

 以上の作業には、記憶の有無などは全く関係しません。ただし、記憶があるという現実的な設定では、何曜日なのかが眠り姫に分かってしまいます。それを分からないものとして考えなければいけません。この非現実的な設定への違和感が混乱を引き起こしたのだと思います。月火合計の四分表で考えるべきところを、月曜日の四分表で考えるなど、思考がフラフラと定まらず二転三転してしまいました。

 別に記憶があるという設定でも「寝覚めている時の出来事の内、コインが表である「出来事」の割合」は同じで1/3です。ただし記憶があれば眠り姫に曜日が分かってしまいますが、分からないとして考えよという問題が「眠り姫問題」なのですね。曜日を分からないことにするための設定が記憶の消失です。

 ところで、自分そうだったのですが、直観では1/2と感じるのが普通じゃないでしょうか。「眠り姫問題」は、錯視図形みたいなものだと思いました。錯視図形は、視覚では線の長さを錯覚するのが「正常」です。客観的な長さは定規で測る必要があります。確率の問題の場合、定規は何かと言うと地道に「出来事」を数え上げることかと思います。「眠り姫問題」は錯視図形のような面白さがあって、楽しめました。ただ、注意すべき点もあります。私は途中で変な哲学的思弁に惑わされかけました。幸いにして奇妙な世界の迷子になることなく、なんとか生還出来ました。

 

「眠り姫問題」―自覚しにくいあいまいさ

 前記事追記の製品検査バージョン2では多数の合格品から抜き出す設定です。そこのところが「眠り姫問題」とは違うと感じる人もいるかもしれません。そこでより近い設定にしてみたのが次のバージョン3です。

  • 製品検査バージョン3

コインを投げ表がでたら旧工作機械で、裏が出たら新工作機械で1個だけ製品を作る。その製品は、合格品であった。さて、コインが表だった確率は?

  バージョン2だとほとんどの人が1/3と答えると思いますが、バージョン3ではひょっとしたら1/2と言う人も出てくるかもしれません。しかし、確率の問題として扱う場合の構造は全く同じです。違うのは製品を多数生産するのか、1品しか生産しないかという点です。

 確率クイズで紛糾するのは大抵、1回の出来事についての確率です。1回の出来事の確率は考えにくく、勘違いもしやすい傾向があります。それに比べ、頻度の形式で考えると分かりやすくなります。製品検査バージョン2は頻度で考えやすくなっています。 「旧製作機械が1台あり、200個生産すれば100個の合格品と100個の不合格品が出来る。新工作機械も同じく1台あって、200個生産すれば200の合格品が出来る。都合300個の合格品の内、旧工作機械で作られたものが100個なので・・・」と考えやすいわけです。一方のバージョン3になると、そうはいかず、考え違いを起こしやすくなるのではないでしょうか。

 どこで考え違いを起こしやすいかというと、条件を考えるところです。合格品を選んだことが無視され、そのため事前確率のままの1/2のような気もするのではないでしょうか。

 これと逆に事前確率を無視する例が検査陽性であった場合に感染している確率です。感染していれば99%の確率で陽性となる精度の高い検査で陽性になれば感染間違いなしと早計しがちです。しかし、そもそも、その感染症が極めて稀なもの、つまり事前確率が小さければ、感染している確率はそれほどでもありません。見逃しを小さくしなければならない人間ドックでは特にそうで、引っかかっても精密検査で異常なしになった経験は大抵の人にあるのではないでしょうか。「日本の人口が1億3千万人、そのうち感染者が1万人、非感染者が1億2999万人いて、それに検査をして・・・」と考えていけば事前確率は無視されません。ところが、世界で唯一の存在である自分が検査を受けた場合には、そんなことはあまり考えません。

 ところで、製品検査バージョン3では「合格品であった場合に、コインが表だった確率は?」ではなく「その製品は、合格品であった。さて、コインが表だった確率は?」と書きました。たまたま合格品であったに過ぎないというニュアンスにして、「合格品であった場合」という条件を曖昧にするためです。そうすることで事前確率を尋ねているとも解釈できます。しかも、あいまいさを自覚しにくい仕掛けになっています。それによって混乱させようという魂胆でした。「眠り姫問題」にもそういう自覚しにくいあいまいさがあると思います。

「眠り姫問題」ー賭けバージョン

 前記事までのコメント欄のnananana0110さんのご教示で「眠り姫問題」はパラドックスでもなんでもないことが明確に分かりました。実験中に寝覚めた姫への「問2」は実験前の「問1」と同じとも解釈できるあやふやさがあるというだけでした。

 一方、世間(ツイッター上など)では、「眠り姫問題」はパラドックスではないかという意見もあります。眠り姫は、寝覚めてから何も新しい情報を与えられずに「問2」を問われますので実験前の問1と同じ1/2になるように思えます。私も最初は、1/2に決まっていると思いました。しかし、それだと矛盾が生じるんですね。実は質問をされることが追加の情報なのですが、それが感覚的に分かりにくいわけです。感覚的に分かってもらうために「眠り姫問題」のいろんな言いかえバージョンを作ってみましたが、それは別の問題だと受け取られるとなかなか納得してもらえません。

 「眠り姫問題」と同じだと納得してもらえる方法はないかと考えたのが次の賭けを持ちかけるバージョンです。

  • 賭けバージョン

状況はオリジナルの「眠り姫問題」と全く同じだ。質問のほかに賭けを持ちかけるだけだ。

質問「あなたは目覚めた。コインが表だった確率は?」

賭け「300枚のチップがある、コインの表と裏に何枚ずつ賭けるか?」

  賭けを持ち掛けたのは、質問を実験前の「問1」と同じと解釈されないためです。金が掛かっていれば得られている情報は全部使うでしょう。

 もし、表の確率が1/2ならば、どのような賭け方をしても当たりチップの期待値は150枚で変わりません。表に300枚全部賭けても同じです。

 表の確率が1/3ならば、裏に全部賭けるべきです。当たりチップの期待値が200枚と最大値になるからです。

 ここまで読めば、表に全部賭けるのは何となく損だとわかるのではないでしょうか。結果を知っている実験者が表なら1回しか起こしてくれないのに、裏なら2回起こしてくれるのですからね。

 また、1回の実験で表なら1回の賭け、裏なら2回の賭けが行われますので、賭けの回数の期待値(平均値)は1.5回です。したがって1回の実験の期待値は1/2派なら150×1.5=225枚、1/3派なら200×1.5=300枚と見積もるはずです。

 どちらが正しいのでしょうか。実は答え合わせする方法があります。1回の実験の当たりチップの期待値は眠り姫が考えるコインの表の確率(1/2か1/3)を使わずに計算できます。もし表が出たのなら1回の賭けが行われ、裏がでたのなら2回の賭けが行われます。したがって、表に300枚賭けた時の当たり枚数の期待値は、1/2×300+1/2×(0+0)=150ですが、1/2派の225枚と違います。裏に300枚賭けた時は、1/2×0+1/2×(300+300)=300 となり1/3派の計算と合います。

 結局、目覚めた時に賭けをするのなら「表の確率1/2」と考えると損します。いうまでもなく実験前に賭けるのなら「表の確率1/2」です。状況(得ている情報)が違うだけのことで、パラドックスでもなんでもありません。(2022/6/16修正追記。実験前に掛けるのなら表裏どちらも同じですが、それはチップを賭けるのが1回だけだからです。実験中の目覚めのときの賭けでは、裏の場合2回掛けられます。この2回をまとめて一つの事象と考えれば、その確率は1/2で、当たり賞金は600、期待値300ということになります。

 前の記事のコメント欄にも書きましたが、問題文のなおがき「コイン投げは、あなたが最初に起こされる前でも、月曜にあなたが目覚めた後でも、問題の構造は変化しない。」という記述が曲者でした。直感的な回答「1/2」を強化し、パラドックスに誘導する巧妙な仕掛けだったのですね。

 

(3/20午後追記)

  「眠り姫問題」は、叙述トリックに似ています。記憶を消すなどの設定で不思議な雰囲気を醸しパラドックスと錯覚させるところが面白いです。つまらなくなりますが、叙述トリックを取り去ってみました。

 設定はオリジナルバージョンと同じであるが、質問は実験前の日曜日に行う。

問1 コインの表が出る確率は?

問2 目覚めた時に、コインが表である確率は?

問3 月曜日に目覚めた時に、コインが表である確率は?

  この質問を日曜日に行うバージョンでは、記憶が無くなるという気持ち悪い設定も不要です。さらに、つまらない設定にすると、

  • 製品検査バージョン

 shinzor工場は、製造品の半数が不良品だが、出荷前に製品検査を行う。ただ、検査も完全ではなく、合格品の3つに一つ不良品が混じり込む。検査に合格した製品が不良品である確率は?

  叙述トリックといえば、歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」には完全に騙されましたね。騙されたことで楽しめました。もし序盤で叙述トリックを見破っていたら楽しめなかったと思います。「眠り姫問題」も「パラドックスっぽくないバージョン」は簡単すぎて面白くありません。マジックも種を知っていれば楽しめません(演出を楽しむことはできますが)。

 ただ、騙されて楽しんでいるうちは良いのですが、マジックも超能力ではないかと考え出すと危ういです。確率の問題も似た危うさがあると思います。「眠り姫問題」界隈では、「唯一設定」、「反復設定」なる意味不明の説明があるようです。

 稀に深遠な真理が潜んでいる可能性もありますが、私ごときがそのような真理を発見することも理解することもありえないと思います。無理に説明しようとせずに、単純なことに自分が気づいていないだけだと思って叙述トリックを楽しみます。

 

(3/22 追記)

 3/20の追記で叙述トリック的なところがあると述べました。例えば「表であった確率は?」という質問を「この質問が、1回しかされない質問である確率は?」に変えてみると、印象が違ってきます。しかし、月曜日の1回しか質問されないのは表であった場合ですから、内容は同じです。

 印象が違うのは、「1回しかされない質問」だと実験者の操作があることが明確になりますが、「コインが表であった」だと偶然の結果の感じが強くなります。でも、偶然の結果のあとに実験者が質問の回数を操作しています。にもかかわらずそれを感じさせない巧妙な叙述トリックではないでしょうか。

 「眠り姫問題」は、条件付き確率の問題ですが、条件付き確率を最初に知った時、私はピンとこないところがありました。既に結果が出ているのに、確率として扱い、条件次第でその確率が変わってきます。次に引用しているのは、「数学再入門Ⅱ」(林 周二著)という本にあったベイズの定理の練習問題です。

 

ある工場でできた某種の工作機械が、

  優(優秀品)である確率は  2/8

  良(普通品)である確率は  5/8

    不良(不良品)である確率は 1/8

である。優の機械で製品を作れば必ず合格品ができる。良の機械で製品を作れば0.9の確率で合格品ができる。不良の機械で製品を作れば不合格品ができる、ものとしよう。いま、くじ引き式に選ばれた一台の機械によって、試みに3個の製品を作ったところ全部が合格品になった。この工作機械が優の機械である確率を求めよ。

  最初にこの問題を見た時、どこから手を付けてよいか分からなかった覚えがあります。優である確率は2/8と決まっているのに、3個製品を作ったら全部が合格品だったことで確率が変わるのです。確かに変わりそうですが、さてどうしたものかと。

 3/20の追記で述べた「製品検査バージョン」はこの練習問題が元になっています。「眠り姫問題」との対応を分かりやすくした版を作ってみました。

 

  • 製品検査バージョン2

 旧工作機械と新工作機械の2台を持つ工場がある。どちらの機械1日当たり生産能力同じである。ただし、旧工作機械は製品の半数が不合格品になる。それに対し新工作機械は全部合格品になる。

 ある日に生産された合格品から1個を取り出した時、旧工作機械で作られた製品である確率を求めよ。

  この問題では、「合格品」が、事後確率を求めるための条件であることが分かり安く述べられています。同様に、「眠り姫問題」の事後確率をもとめるための条件は「起こされて質問される」ことです。しかし、そのような条件は何も与えられていないように感じます。なかなか巧妙な叙述トリックではないでしょうか。