「眠り姫問題」ー賭けバージョン

 前記事までのコメント欄のnananana0110さんのご教示で「眠り姫問題」はパラドックスでもなんでもないことが明確に分かりました。実験中に寝覚めた姫への「問2」は実験前の「問1」と同じとも解釈できるあやふやさがあるというだけでした。

 一方、世間(ツイッター上など)では、「眠り姫問題」はパラドックスではないかという意見もあります。眠り姫は、寝覚めてから何も新しい情報を与えられずに「問2」を問われますので実験前の問1と同じ1/2になるように思えます。私も最初は、1/2に決まっていると思いました。しかし、それだと矛盾が生じるんですね。実は質問をされることが追加の情報なのですが、それが感覚的に分かりにくいわけです。感覚的に分かってもらうために「眠り姫問題」のいろんな言いかえバージョンを作ってみましたが、それは別の問題だと受け取られるとなかなか納得してもらえません。

 「眠り姫問題」と同じだと納得してもらえる方法はないかと考えたのが次の賭けを持ちかけるバージョンです。

  • 賭けバージョン

状況はオリジナルの「眠り姫問題」と全く同じだ。質問のほかに賭けを持ちかけるだけだ。

質問「あなたは目覚めた。コインが表だった確率は?」

賭け「300枚のチップがある、コインの表と裏に何枚ずつ賭けるか?」

  賭けを持ち掛けたのは、質問を実験前の「問1」と同じと解釈されないためです。金が掛かっていれば得られている情報は全部使うでしょう。

 もし、表の確率が1/2ならば、どのような賭け方をしても当たりチップの期待値は150枚で変わりません。表に300枚全部賭けても同じです。

 表の確率が1/3ならば、裏に全部賭けるべきです。当たりチップの期待値が200枚と最大値になるからです。

 ここまで読めば、表に全部賭けるのは何となく損だとわかるのではないでしょうか。結果を知っている実験者が表なら1回しか起こしてくれないのに、裏なら2回起こしてくれるのですからね。

 また、1回の実験で表なら1回の賭け、裏なら2回の賭けが行われますので、賭けの回数の期待値(平均値)は1.5回です。したがって1回の実験の期待値は1/2派なら150×1.5=225枚、1/3派なら200×1.5=300枚と見積もるはずです。

 どちらが正しいのでしょうか。実は答え合わせする方法があります。1回の実験の当たりチップの期待値は眠り姫が考えるコインの表の確率(1/2か1/3)を使わずに計算できます。もし表が出たのなら1回の賭けが行われ、裏がでたのなら2回の賭けが行われます。したがって、表に300枚賭けた時の当たり枚数の期待値は、1/2×300+1/2×(0+0)=150ですが、1/2派の225枚と違います。裏に300枚賭けた時は、1/2×0+1/2×(300+300)=300 となり1/3派の計算と合います。

 結局、目覚めた時に賭けをするのなら「表の確率1/2」と考えると損します。いうまでもなく実験前に賭けるのなら「表の確率1/2」です。状況(得ている情報)が違うだけのことで、パラドックスでもなんでもありません。

 前の記事のコメント欄にも書きましたが、問題文のなおがき「コイン投げは、あなたが最初に起こされる前でも、月曜にあなたが目覚めた後でも、問題の構造は変化しない。」という記述が曲者でした。直感的な回答「1/2」を強化し、パラドックスに誘導する巧妙な仕掛けだったのですね。

 

(3/20午後追記)

  「眠り姫問題」は、叙述トリックに似ています。記憶を消すなどの設定で不思議な雰囲気を醸しパラドックスと錯覚させるところが面白いです。つまらなくなりますが、叙述トリックを取り去ってみました。

 設定はオリジナルバージョンと同じであるが、質問は実験前の日曜日に行う。

問1 コインの表が出る確率は?

問2 目覚めた時に、コインが表である確率は?

問3 月曜日に目覚めた時に、コインが表である確率は?

  この質問を日曜日に行うバージョンでは、記憶が無くなるという気持ち悪い設定も不要です。さらに、つまらない設定にすると、

  • 製品検査バージョン

 shinzor工場は、製造品の半数が不良品だが、出荷前に製品検査を行う。ただ、検査も完全ではなく、合格品の3つに一つ不良品が混じり込む。検査に合格した製品が不良品である確率は?

  叙述トリックといえば、歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」には完全に騙されましたね。騙されたことで楽しめました。もし序盤で叙述トリックを見破っていたら楽しめなかったと思います。「眠り姫問題」も「パラドックスっぽくないバージョン」は簡単すぎて面白くありません。マジックも種を知っていれば楽しめません(演出を楽しむことはできますが)。

 ただ、騙されて楽しんでいるうちは良いのですが、マジックも超能力ではないかと考え出すと危ういです。確率の問題も似た危うさがあると思います。「眠り姫問題」界隈では、「唯一設定」、「反復設定」なる意味不明の説明があるようです。

 稀に深遠な真理が潜んでいる可能性もありますが、私ごときがそのような真理を発見することも理解することもありえないと思います。無理に説明しようとせずに、単純なことに自分が気づいていないだけだと思って叙述トリックを楽しみます。

 

(3/22 追記)

 3/20の追記で叙述トリック的なところがあると述べました。例えば「表であった確率は?」という質問を「この質問が、1回しかされない質問である確率は?」に変えてみると、印象が違ってきます。しかし、月曜日の1回しか質問されないのは表であった場合ですから、内容は同じです。

 印象が違うのは、「1回しかされない質問」だと実験者の操作があることが明確になりますが、「コインが表であった」だと偶然の結果の感じが強くなります。でも、偶然の結果のあとに実験者が質問の回数を操作しています。にもかかわらずそれを感じさせない巧妙な叙述トリックではないでしょうか。

 「眠り姫問題」は、条件付き確率の問題ですが、条件付き確率を最初に知った時、私はピンとこないところがありました。既に結果が出ているのに、確率として扱い、条件次第でその確率が変わってきます。次に引用しているのは、「数学再入門Ⅱ」(林 周二著)という本にあったベイズの定理の練習問題です。

 

ある工場でできた某種の工作機械が、

  優(優秀品)である確率は  2/8

  良(普通品)である確率は  5/8

    不良(不良品)である確率は 1/8

である。優の機械で製品を作れば必ず合格品ができる。良の機械で製品を作れば0.9の確率で合格品ができる。不良の機械で製品を作れば不合格品ができる、ものとしよう。いま、くじ引き式に選ばれた一台の機械によって、試みに3個の製品を作ったところ全部が合格品になった。この工作機械が優の機械である確率を求めよ。

  最初にこの問題を見た時、どこから手を付けてよいか分からなかった覚えがあります。優である確率は2/8と決まっているのに、3個製品を作ったら全部が合格品だったことで確率が変わるのです。確かに変わりそうですが、さてどうしたものかと。

 3/20の追記で述べた「製品検査バージョン」はこの練習問題が元になっています。「眠り姫問題」との対応を分かりやすくした版を作ってみました。

 

  • 製品検査バージョン2

 旧工作機械と新工作機械の2台を持つ工場がある。どちらの機械1日当たり生産能力同じである。ただし、旧工作機械は製品の半数が不合格品になる。それに対し新工作機械は全部合格品になる。

 ある日に生産された合格品から1個を取り出した時、旧工作機械で作られた製品である確率を求めよ。

  この問題では、「合格品」が、事後確率を求めるための条件であることが分かり安く述べられています。同様に、「眠り姫問題」の事後確率をもとめるための条件は「起こされて質問される」ことです。しかし、そのような条件は何も与えられていないように感じます。なかなか巧妙な叙述トリックではないでしょうか。