■ 「積極的勧奨の再開」ではなく「周知の再開」

 HPVワクチンの接種対象者への個別通知が再開されました。また、通知がなかったため接種機会を逃した女子への救済も行われます。再開に尽力された方には感謝したいと思います。

 さて、世間では「積極的勧奨の再開」と言われていますが、これは間違いです。正しくは「周知の再開」です。単に言葉の問題に過ぎないと思われるかもしれませんが、「積極的勧奨の差し控え」として行われたのは法令に定めのある「周知」を止めたのであり、違法でした。

 違法と考える理由は、過去記事に書きましたが、多少の勘違いがありましたので、改めて整理します。

 

〇 予防接種法には、「積極的勧奨」という用語は使われていない。使われているのは「勧奨」だけである。

(予防接種の勧奨)

法第八条 市町村長又は都道府県知事は、第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項若しくは第三項の規定による予防接種の対象者に対し、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種を受けることを勧奨するものとする。

〇 予防接種法施行令には、「周知」という用語が使われており、接種対象者に必要な事項を周知しなければならないとしている。

(対象者等への周知)

令第六条 市町村長は、法第五条第一項の規定による予防接種を行う場合には、前条の規定による公告を行うほか、当該予防接種の対象者又はその保護者に対して、あらかじめ、予防接種の種類、予防接種を受ける期日又は期間及び場所、予防接種を受けるに当たって注意すべき事項その他必要な事項を周知しなければならない。

〇 法の「勧奨」は予防接種のメリットを示して接種した方がよいとお勧めするもので、令の「周知」は単なる接種情報(対象者であること、期日又は期間及び場所、注意事項)をお知らせするもので、別である。

 

〇 令の「周知」については、厚生労働省健康局長通知が都道府県知事に発出されており、「その周知方法については、やむを得ない事情がある場合を除き、個別通知とし、確実な周知に努めること。」としている。

予防接種法第5条第1項の規定による予防接種の実施について」(平成25年3月30日付け健発0330第2号厚生労働省健康局長通知)の別添「定期接種実施要領」

 

2 対象者等に対する周知

(1) 定期接種を行う際は、政令第5条の規定による公告を行い、政令第6条の規定により定期接種の対象者又はその保護者に対して、あらかじめ、予防接種の種類、予防接種を受ける期日又は期間及び場所、予防接種を受けるに当たって注意すべき事項、予防接種を受けることが適当でない者、接種に協力する医師その他必要な事項が十分周知されること。その周知方法については、やむを得ない事情がある場合を除き、個別通知とし、確実な周知に努めること。

〇 厚労省HPの子宮頸がんワクチンQAのA25で、「『積極的勧奨』とは接種を促すハガキ等を各家庭に送ること等により積極的に接種をお勧めする取り組みを指しています」と説明している。これは、厚生労働省健康局長通知と合っていない。

A25. A類疾病の定期接種については、予防接種法に基づき市町村が接種対象者やその保護者に対して、接種を受けるよう勧奨しなければならないものとしています。

 具体的には、市町村は接種対象者やその保護者に対して、広報紙や、ポスター、インターネットなどを利用して接種可能なワクチンや、接種対象年齢などについて広報を行うことを指しています。

 「積極的な勧奨」とは、市町村が対象者やその保護者に対して、標準的な接種期間の前に、接種を促すハガキ等を各家庭に送ること等により積極的に接種をお勧めする取り組みを指しています。(※)

※HPVワクチンの場合、政令で定める標準的接種年齢(中学1年相当)を迎える前に個別に通知することが一般的です。

今回の「積極的な勧奨の差し控え」は、このような積極的な勧奨を取り止めることですが、HPVワクチンが定期接種の対象であることは変わりません。このため、接種を希望する方は定期接種として接種を受けることが可能です。 一方、定期接種の中止とは、ワクチンを定期接種の対象外とすることで、予防接種法に基づかない任意接種として取り扱われることになります。

〇 QA26では、「周知」とは接種対象者及びその保護者に情報提供資材を個別にお送りするもので、お勧めするものではないと説明している。これは、厚生労働省健康局長通知と合っている。

A26. 今までも、リーフレットを用い、ワクチンの有効性と安全性に関する情報提供に取り組んできましたが、調査の結果、国民のみなさまに情報が十分に行き届いていないことが明らかになりました。これを踏まえ、公費によって接種できるワクチンの一つとしてHPVワクチンがあることについて知っていただくとともに、HPVワクチン接種について検討・判断するためのワクチンの有効性・安全性に関する情報等や、接種を希望した場合の円滑な接種のために必要な情報をお届けするため、リーフレット等の情報提供資材を、接種対象者及びその保護者に個別にお送りする方針が、専門家の会議で決まりました。

 接種をお勧めする内容ではなく、子宮頸がんやワクチンに関する情報や接種に必要な情報を個別にお送りすることは、積極的な勧奨とは異なります。

 

以上から、次のことが言えます。

 

〇 お勧めする「勧奨」と単なる情報提供の「周知」は共に法定事項であり、法令改正せずに差し控えることは出来ない。

 

〇 厚労省は、「周知」と「勧奨」を混同させ、さらに「積極的勧奨」という用語を作り出し、その意味を「接種対象者への個別通知」とした。それによって、違法に「周知(個別通知)」を止めながら違法でないように見せかけた。

 

 厚労省は「勧奨」はするが「積極的勧奨」はしないとお勧めするのかしないのか、わからないことを言ったわけですが、本心がどっちだろうと、接種率向上に効果があるのは「周知」の個別通知です。現実に、一時は70%程度の接種率が0.6%まで下がりました。

 実は、「積極的勧奨の差し控え」継続中の昨年10月には、「周知」の個別通知をせよと厚生労働省健康局健康課長は都道府県へ通知しています。その「積極的勧奨」とはQAのA25で個別通知と説明してますから矛盾です。8年前からの矛盾を目立たないように2段階で解消したのかどうか真意は不明ですが。

 ここまで法令について細かいことをあれこれ書きましたが、法を守ることよりも重要なことがあるような気がしています。実は「積極的勧奨の差し控え」は日本脳炎ワクチンの前例があります。このときは、ワクチンと副反応被害の関係を厚労省は実質的に認めています。しかし、法改正して接種を止めるには時間がかかります。緊急を要するので「積極的勧奨の差し控え」という超法規的措置を取ったのだと思います。

 ところが、HPVワクチンは全く事情が違います。ワクチンと副反応の関係は認められず、接種を止める被害の方が大きいことは分かっていながら、メディアの批判と訴訟が増えないように超法規的措置をとった疑いがあります。元厚労省課長がそれらしきことをBuzz Feedの記事で発言していました。

 「健康被害の防止」、「法令遵守」、「メディア批判と訴訟の回避」。この最後の優先順序が役所では高くなりがちです。

 

【追記】日本脳炎ワクチンの時は新しいワクチンが出来たため接種が数年で再開されました。確認できていませんが、おそらく「積極的勧奨の差し控え」ではなく接種を中止していたのではないでしょうか。健康被害との関係を認めたワクチンを接種するとは思えませんから。一方、HPVワクチンは、数は激減したものの接種は行われていました。