子宮頸がんワクチンをめぐる不作為の罪

 反ワクチンに代表される「自然」が好きな人は、不作為の罪に甘いですね。ワクチンを使う被害は恐れるのに、使わない被害には無頓着なんですから。環境分野でいわれる予防原則「人為的な新技術に対しては、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を行う」も似ていますね。新技術を実施することによる被害は気にするのに、実施しないことによる被害は無視するんですよ。つまり、行動すれば防げたはずの被害なのに、何もせずに拡大させてもあまり気にしません。積極的な殺人鬼は許しがたいと感じても、溺れている人を見殺しにする消極性は仕方無いと思うところは私にもあるので、「気持ち」はわからないでもありませんが。

 結果が同じでも、直接に手を下すのと何もしないのでは、確かに印象が違いますね。自分が助けなくても誰かが助けてくれるかもしれませんからね。都会の雑踏の中で倒れている人を見て素通りする人が多いと嘆かれますが、他に誰もいない山中では助けるのが普通です。都会では、自分が助けなくても誰かが助けてくれることを期待しているんですね。ただ、その結果、誰もが遠慮してポテンヒットになって「無関心な都会人」と新聞が大騒ぎします。

 しかし、法律では実行犯も命令犯も共同正犯になることもあります。組員の暴走を止めることができたはずなのに放置した組長も罪になります。ただ、「止めることができた」と実証することが難しいため、暗黙の命令だったにもかかわらず、「子分が勝手にやった。私は知らなかった」と卑劣にも罪を逃れてきたのが現実ですが。ただ最近、その困難な実証を行い、指定暴力団工藤会」トップに死刑判決が下りました。指定暴力団のトップに死刑判決が言い渡されたのは初めてらしいです。

 また、行政の不作為の罪も厳しく問われるようになりました。不正行為を見逃すと罪になることが多くなりましたから、公務員も気楽ではありません。

 にもかかわらず、反ワクチンの不作為の罪は相変わらず放置されていますね。反ワクチン活動自体は言論に過ぎないで取り締まることはできません。ですが、行政行為は罪に問うことができるはずなんですけどね。過去には、厚労省は、効用より甚大な被害をもたらすクスリを放置して罪に問われました。その苦い経験からワクチンの使用には慎重ですが、同様に、多くの人命を救えるワクチンを使わなければ被害者が出るのですから罪になるのじゃないでしょうか。都会の雑踏の行き倒れのように厚労省の代わりに救ってくれる者はいませんからね。また例外はあるものの一般人には救助義務はありませんが、厚労省には国民の健康を守る義務があると思いますよ。ほぼ確実に発生する被害を見過ごしていいんですか。

 指定暴力団のトップを有罪にするのが難しかったように、行政の不作為の罪を問うのも難しいかもしれません。それでも、被害を予想する報告も積み上ってきています。例えば、子宮頸がんワクチンを接種しなかった、2000~2003年度生まれの女子の将来の罹患者の増加は合計約17,000人、死亡者の増加は合計約4,000人である可能性が示唆されました。厚労省が何もしないと、この被害が増え続けますね。寝覚めが悪くないのでしょうか。

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  さて、子宮頸がんワクチンは、定期接種であり「勧奨」を行わなわなければいけません。これを行っていない現状は違法状態としか私には思えませんが、誰も指摘しませんね。そのトリックは、法令にはない「積極的勧奨」という言葉を作り出して、その意味を「接種対象者への個別通知」としたことです。つまり「積極的勧奨」はしていないが、「勧奨」は行っている体にしているわけです。なんだか「禁止はしないが歓迎もしない」みたいですが、こういう場合の真意は「禁止したい」です。では「勧奨」として実際に何を行っているかというと、予防接種法施行令第5条の「公告」ぐらいでしょう。具体的には「予防接種の種類、予防接種の対象者の範囲、予防接種を行う期日又は期間及び場所、予防接種を受けるに当たって注意すべき事項その他必要な事項の公告」になります。でも、接種対象者が公告を目にする可能性は絶望的です。しかも、予防接種法施行令第6条には、「公告を行うほか、当該予防接種の対象者又はその保護者に対して、あらかじめ、予防接種の種類、予防接種を受ける期日又は期間及び場所、予防接種を受けるに当たって注意すべき事項その他必要な事項を周知」を行わなければならないと定めてあります。これは「積極的勧奨」そのものです。私には、「積極的勧奨の差し控え」とは「予防接種法施行令第6条に違反します」と言っているようにしか思えません。

 にもかかわらず、日本国民は、ワクチン副反応のような作為の被害ではすぐ訴訟を起こしますが、不作為にはなぜか寛容です。厚労省もそれがわかっているので違法な不作為を8年間も続けているんでしょう。厚労省を動かすには、不作為を問う訴訟を起こすしかないような気分になります。しかし、それには被害が顕在化していなければなりません。それでは手遅れですし、被害者を利用する反ワクチンと同じ穴のムジナになりそうで気乗りしませんね。

 ついでに言えば、予防接種法第9条では、接種対象者にA類疾病の予防接種を受ける努力義務があります。市町村が「積極的にはお勧めしない」というワクチン接種の努力義務があるんですよ。そして、99%以上の接種対象者が予防接種法第9条違反をしていたんですね。いや、努力したけど接種しなかったといえばいいのか、本心はともかく。

 今の状態は考えてみれば少し奇妙なんですね。法の不備がありそれを改善しないといけないというような問題はありません。子宮頸がんワクチンはA類の定期接種であり、接種対象者は無料で接種できます。希望すれば接種でき何も問題ないと言えばありません。(ただ、ワクチンが品薄で希望しても接種できない事態が危惧されていますが)単に、厚労省といくつかの市町村長がその事実を接種対象者に知らせず、むしろ「接種しない方がいいんじゃない」という雰囲気を醸しているんですね。この態度は行政の裁量権を逸脱して「予防接種法施行令第6条違反」であると思います。それでも、行政訴訟などしなくても、接種を望めば接種できるんですね。要は、接種対象者とその保護者が情報を知って判断できればよいだけなのです。もっとも、それが一番難しいのですけどね。

【追記】

 接種対象者とその保護者が情報を知って接種の是非を判断できればよいのですが、専門的内容もあって難しいので行政が判断して周知せよと法令に定められているわけです。そして、「勧奨」している以上、接種の利益が大きいと国は判断しています。また個人的利益だけなく、社会的利益もあるので、接種対象者にも接種の努力義務があり、市町村は個別に接種対象者に通知して接種を促しているわけです。それがA類です。利益があるか否かの個人差が大きい場合は、個人が判断すべきなので国は勧奨しません。自己責任の面が強くなります。

 ところが、厚労省は子宮頸がんワクチンをA類のままにしながら、実質B類として扱っているんですね。厚労省の接種対象者向けリーフレットにはワクチンの効果とリスクが説明してあり、比較すれば効果が大きいことが一目瞭然です。

・HPVワクチンの効果

HPVワクチンの接種を1万人が受けると、受けなければ
子宮けいがんになっていた約70人※3ががんにならなくてすみ
約20人※4の命が助かる、と試算されています

※3 59~86人
※4 14~21人

・HPVワクチンのリスク

HPVワクチン接種後に生じた症状の報告頻度 1万人あたり9人

HPVワクチン接種後に生じた症状(重篤)の報告頻度 1万人あたり5人

 にも拘わらず、直接比較して国の判断を示すことはせずに、接種者が自己責任で比較して判断せよという立場を貫いています。最後には「接種をおすすめするお知らせをお送りするのではなく、希望される方が接種を受けられるよう、みなさまに情報をお届けしています」と念押ししています。

 予防接種法A類という位置づけを無視し、ここまで腰が引けたのは言うまでもなく過去の訴訟のトラウマでしょうね。同情できる過去の事情はあるものの、法の精神とその運用に齟齬がありすぎです。まあ、齟齬を解消しようとしてA類から外すよりはマシですが。