「積極的勧奨」について厚労省に尋ねてみた

■ 厚労省への質問と回答

 厚労省の「子宮頸がん予防ワクチン接種の「積極的な接種勧奨の差し控え」についてのQ&A」によれば、「積極的勧奨」とは接種対象者への個別通知で、「勧奨」は不特定多数への広報です。ところが、予防接種法関連法令には「勧奨」という用語は出てきますが「積極的勧奨」はありません。このことは過去記事に書きました。

HPVワクチン接種の積極的勧奨

 現在、厚労省は法改正を行うことなく個別通知を差し控えていますので、広報だけで法定の「勧奨」を満足していると考えていることになります。「勧奨」には個別通知と広報があるものの、個別通知は行っても行わなくても良いという解釈です。

本当に、そのような解釈でよいのか、その根拠は何か、厚労省に問い合わせました。

 (質問内容)

HPVワクチン積極的勧奨についてお尋ねします。

1.「積極的勧奨」という用語は予防接種法関連の法令類には見当たりませんが、定義を記載した文書はあるのでしょうか。あれば文書名をお教えください。

 2.予防接種法第八条では、「第五条第一項の規定による予防接種(定期予防接種)であってA類疾病に係るものの予防接種の対象者に対し、予防接種を受けることを勧奨するものとする。」とあり、予防接種法施行令第5条で「予防接種の公告」を、第6条で「対象者等への周知」をしなければならないとあります。

 予防接種法施行令第6条の「周知」の具体的方法が「通知」(「積極的勧奨」)だとすれば、通知を差し控えるのは違法にならないのでしょうか。違法にならないのであればその根拠は何でしょうか。

3.全問において、「通知」が「周知」に含まれないのであれば、「周知」の具体的内容は何ですか。また、80%もあった接種率が個別通知を止めたため、ほぼ0%になっていますが、その内容に周知効果があるのでしょうか。

4.積極的勧奨差し控えの理由は、専門家の会議において、「定期接種を中止するほどリスクが高いとは評価されないものの、接種部位以外の体の広い範囲で持続する疼痛の副反応症例等について十分に情報提供できない状況にあることから、接種希望者の接種機会は確保しつつ、適切な情報提供ができるまでの間は、積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」と説明されています。

 しかしながら、A類疾病は主に集団予防のため国が勧奨を行い本人(保護者)にも努力義務があるもので、一方、B類疾病は個人予防のため本人(保護者)が副反応等を考慮し自己判断で行うものと理解しております。このことから、積極的勧奨差し控えの理由では、B類疾病の定期接種とすべきと考えますが、A類のままとした根拠は何でしょうか。

  質問は昨年12月に行い、令和元年12月1日~令和元年12月31日受付分の主な回答も公表されましたが、私の質問への回答はまだありません。追って回答があるかもしれませんが、一旦ここで記事をまとめておきます。回答後に修正するかもしれません。

 「勧奨」や「周知」の具体的内容が法レベルには明文化されていないため、違法と断じることは難しそうです。しかし、よく見てみると、厚労省の解釈は、形式的にも法令と矛盾し、用語の意味からも混乱しており、内容的にも問題があるように思います。以下、その説明です。

 ■ 形式的な矛盾

 最初に、形式的な矛盾について述べます。予防接種の種類と都道府県知事や市町村長が行わなければならない行為を下表に示しています。


  法令上の行為は「勧奨」、「周知」、「公告」だけで、「積極的勧奨」なるものは存在しませんが、厚労省は「個別通知」という意味で使っているのは前述の通りです。

  「勧奨」と「周知」の関係について厚労省の考えは、平成25年6月14日付の厚生労働省健康局長から各都道府県知事あての「勧告」

に示されています。「勧奨」について述べた後の記2に、「ただし、その周知方法については、個別通知を求めるものではないこと。」とあり、「勧奨」の周知方法に個別通知があると厚労省は認識しています。Q&Aからすれば、他の周知方法は広報でしょう。つまり「勧奨」の具体的行為が「周知」でそれには個別通知と広報の二つあるという解釈です。

ところが、B類について、法では勧奨は行わないことになっていますが、令では周知を行うことになっています。「勧奨」の具体的行為が「周知」ならば、B類は周知せずかつ周知しなければならないという矛盾が生じます。(表の厚労省の解釈(1))

 この矛盾を解消するには「勧奨」と「周知」は別物とすべきで、それが正解だと思いますが、厚労省の解釈ではそれでも不都合が生じます。なぜなら厚労省は「勧奨」には「積極的勧奨(個別通知)」と「普通の勧奨(広報)」があると言っているのですから、「周知」にも「積極的周知」と「普通の周知」があることになります。そうすると、「勧奨」の個別通知と「周知」の個別通知の違いはなんでしょうか。「勧奨」の広報と「周知」の広報の違いは何でしょうか。私には全く思いつきません(表の厚労省の解釈(2))

■ 矛盾しない解釈

 「勧奨」の意味は奨めることです。一方「周知」はお知らせすることで、奨めたいことをお知らせする場合もあれば、禁止したいことをお知らせする場合もあります。さらに、やるやらないの判断は受け取る側に任せて情報だけお知らせする場合もあります。例えばA類はお勧めするとお知らせし、B類は情報だけお知らせするものです。

 常識的な解釈は、「勧奨」の具体的方法が個別通知で、「周知」の具体的方法が広報でしょう。この常識的な解釈では矛盾や不都合は生じません。(表の私の解釈)「勧奨」とは意図や判断を含んだものに対して「周知」や「公告」はその伝達手段のことで階層が違います。「勧奨」は法の規定であるのに対して「周知」と「公告」は令の規定なのはそのためだと思います。

 ■ 「勧奨」の目的と、A類だけ「勧奨」しB類は行わない理由

次に、そもそも法令の規定が何故あるのか、基本的なことを考えてみます。「勧奨」や「周知」はどのような目的のため、どのような効果を期待しているのか、なぜ定期接種のA類や臨時接種は「勧奨」が必要なのに、B類は不要なのか。「周知」は定期接種(A類とB類)で行い、臨時接種では不要なのはなぜか、というようなことです。また「勧奨」や「周知」によってどのような効果があれば適正に行ったことになるのでしょうか、厚労省が「積極的勧奨」と呼ぶ「個別通知」を行わなくとも、「勧奨」の目的を達する効果が得られるのか。これらについて考えてみます。

先ほどの表に定期接種のA類とB類の違いを示しています。A類の集団予防とは社会防衛とも言います。例えば極めて頑健な体質でウイルスに感染しても発病の可能性が少ない人は、個人的には予防接種する必要はありません。しかし流行性の感染症の場合、他者に感染を広げないために予防接種をするのが望ましいです。だから行政は「勧奨」するわけです。それに対してB類の個人予防はあくまで個人の感染や発病を防ぐためでその個人の判断で決定すればよく、行政はそのための情報提供だけします。接種時期と場所、費用、効果、注意事項などです。これらの情報は「勧奨」するA類でも当然必要ですので、定期接種では「周知」を行うことになっているのだと思います。

また、B類では「勧奨」を行わないのは、してもしなくても良い(任意)ということではなく、するべきではないという意味合いもあります。接種の利益と害は個人によって害が大きい場合もあるので、集団防衛の必要がないのであれば、一律に「勧奨」すべきではないからです。つまり、「周知」には「勧奨」だけでなく「注意」や場合によっては「抑制」もあり得ます。

緊急を要する臨時接種では即、個別通知を行う必要があり、悠長に広報による周知をしている余裕がないことが多いと思います。それに対して、時期の決まっている定期接種では日頃から広報によってA類とB類の対象者に周知出来ます。時期がくれば個別通知でA類対象者だけに「勧奨」するのでしょう。

■ 厚労省見解の難点

 厚労省解釈には形式的矛盾があるだけでなく、内容的にも妥当ではありません。先ほどの表を再び見ると、厚労省の見解では「積極的勧奨(個別通知)」をするのか、(広報)だけなのかは法定外の行政判断であり、重要度が下がります。しかし、A類感染症は、集団予防の観点から、ぜひとも対象者に接種して欲しいので、広報で「周知」するだけではなく、個別に通知するよう法8条に「勧奨」を定めているのではないでしょうか。臨時接種も感染の蔓延の可能性が大きかったり、すでに蔓延し始めているため、時間のかかる広報ではなく、個別緊急に接種を呼び掛ける必要があるはずです。このように重要で、行うべき対象と行うべきでない対象があるにもかかわらず、厚労省の見解では法定事項ではなく、実施の有無が行政判断で行われます。

 とはいえ、厚労省の事情も分からないでは有りません。感染症予防対策、副反応対策は迅速に行わなければなりませんが、法改正には時間を要するからです。それを考えると、法に疾病名まで規定されているのが機動的対応を困難にしているのかもしれません。具体的疾病名は令以下のレベルで定め、法にはA類B類がどのようなもので、それらの予防接種に当たって行うべきこと行うべきでないことなどの頻繁に改正の必要がない基本的事項だけ定めるのが良いかもしれません。

 その場合でも、A類疾病の予防接種の「勧奨」すなわち個別通知の有無は基本的事項であり、A類でも個別通知を行わないとするのはA類の意味の変更になるので法改正が必要だと思います。

 ■ 差し控える理由と再開する理由があいまい

厚労省HPに記載してある個別通知を行わない理由の「適切な情報提供ができない」とはあいまいでよく意味が分かりません。仮に安全だという情報が提供出来ないなら「勧奨」どころか接種を中止すべきです。接種したほうが良い人としない方が良い人がいて、接種者の判断で行うべきならB類にして、その旨を「周知(広報)」すべきです。

実は、日本脳炎ワクチンの「積極的勧奨」差し控えは、日本脳炎ワクチン接種と健康被害との因果関係を事実上認めたため行われました。

日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについて

従って、副作用の恐れの少ないワクチンが供給できた時点で再開されています。実質的に「勧奨」を差し控えているのでB類扱いなのに、法改正を行わずA類のままという手続き的な不備はあるものの、差し控えた理由と再開する条件は明確でした。

ところが、HPVワクチンの場合は、「勧奨」はするけど、「積極的勧奨」はしないという勧めているのかいないのか分からないどっちつかずです。厚労省の見解では「積極的でない勧奨」とは広報ですが、後述するように実際の「広報」では「勧奨」ではなく自己責任で接種せよと「注意」しています。

また、「勧奨」と「積極的勧奨」を分ける「適切な情報」とは皆目わかりません。現状でも積極的でない勧奨はできるほどリスクは小さいわけです。では積極的に勧奨できるほどのリスクとは、現状のリスクの1/2でしょうか、1/10でしょうか。日本脳炎ワクチンの時のように「積極的勧奨」を再開する条件が全く示されていません。H25年の「勧告」では「速やかに専門家による評価を行い、積極的な勧奨の再開の是非を改めて判断する予定であること。」とあるのですが、既に6年を過ぎましたが再開できていません。再開できる「適切な情報」が医学的情報だとすると一体どういうものなのかわからないのですから、再開できないのも当然です。

 ■ 実際の理由は接種者の健康被害リスクではなく、風評による厚労省の訴訟リスク

厚労省が個別通知を差し控えている理由は、接種者の健康被害リスクではなく自らの訴訟のリスクであろうことは、容易に推測できます。ワクチンに限らず医療は、害より利益が大きいから行うのであって、副反応や副作用はある程度あり、過失がなければその責任を問われることはないはずです。ところが、副反応が起きるとメディアがこぞって叩き,現実に訴訟で国が負けるという事態が繰り返されてきました。HPVワクチンも裁判になっています。この事情は、厚労省の元課長がインタビューでぼやいています。

HPVワクチン 厚労省はいつ積極的勧奨を再開するのですか?

この記事では,岩永氏のHPVワクチンはどうやったら積極的勧奨を再開できるかという問いに対して正林氏は国民の理解が必要でそのためには教育とマスコミの報道姿勢が改善すれば変わると言っています。これは,積極的勧奨を差し控えたのはHPVワクチンの安全性という医学的理由ではなく風評のためだと言っているわけです。また日本のワクチン行政は副反応との兼ね合いで動いてきて,副反応が起きるとマスコミが書きたて,裁判で国が負け,健康局長が謝罪するという歴史があると述べています。

さらに、「積極的勧奨」が差し控えられた2013年の次の記事にはもっと身も蓋も無く「健康被害が起こっても国家賠償法第1条に規定する違法性を問われることがなくなりました。」と書かれています。さらに、「接種率の低下さえ起きなければ、結果的には、予防接種を受ける側にとっても、接種する側にとっても、望ましい決定であったのではないでしょうか。」と述べています。その時点の楽観的見通しは残念ながら外れ、接種率は低下してしまい、接種を受ける側にとっては望ましいといえる状況ではなくなってしまいました。

子宮頸がん予防ワクチン接種の「積極的な接種勧奨の差し控え」厚生労働省の通知について

 実質的に、厚労省は「積極的勧奨」ではなく「勧奨」を差し控えています。そうしないと現在の風潮では訴訟を防止できません。ワクチンとの因果関係がなくてもたまたま接種後に具合が悪くなれば訴えられます。厚労省としてはほぼ接種がゼロになるか、あるいは厚労省の「勧奨」によってではなく自己判断で接種する人だけにならない限り安心できないでしょう。そして、厚労省にとっては「幸い」にも、70%を超えていた接種が1%未満になりました。この状態を「勧奨」していると言ってよいでしょうか。

実際に厚労省が言うところの「勧奨」である広報を見ても、「勧奨する」とは書いてありません。ワクチンの利益と害の情報を提供し「受けるかどうかは、接種することで得られるメリットとリスクを理解した上で、御判断ください」と書いてあります。これは、B類の広報であり、日本語の常識的な意味でこれは勧奨とは言いません。

 ■ 「積極的勧奨」という言葉は恣意的に用いられる

前述したように、日本脳炎ワクチンの時の「積極的勧奨差し控え」の理由はHPVワクチンの場合と違います。繰り返しになりますが、日本脳炎ワクチン接種の場合の理由は日本脳炎ワクチン接種と健康被害との因果関係を事実上認めたからで、接種勧奨の再開は副作用の恐れの少ないワクチンが供給できた時でした。これは医学的根拠に基づいた判断ですが、HPVワクチンの場合は、ワクチン接種と健康被害の因果関係もなく、医学的理由というよりも、厚労省の訴訟リスクだとしたら、再開の見込みは全くありません。正林氏がいうとおり国民に理解されるまで再開されません。時と共に風評のほとぼりが冷めるのを待つしかありません。厚労省は国民に理解を求める気はなく、マスコミがやってくれと言っているんですから。

なお、日本脳炎ワクチンの場合もA類からB類への法改正は行われておらず、通知で済まされていて、これも問題です。通知では感染の恐れが大きい者の場合はワクチン接種しても差し支えないと書き添えられています。これは、感染の恐れが大きくない者には勧奨しないということで、B類の個人予防の観点そのものです。ワクチン接種と健康被害との因果関係が認められたため、行政としては一律の「勧奨」は差し控え、利益と害を個人ごとに判断することになったのですからB類にするべきでした。

さらに、日本脳炎ワクチンの場合は「積極的勧奨」という言葉は使っていますが、通知の内容から判断すると「勧奨」の単なる強調のように読めます。例えば「積極的勧奨の再開」ではなくて「勧奨再開」と表記していますし、HPVワクチンの場合のように「個別通知」と「広報」の使い分けもしていません。おそらく、厚労省の意識も「勧奨」を差し控えたのだと思います。

これがHPVワクチンになると、「積極的勧奨」は,個別通知という意味に変わり、実質的に「勧奨」を差し控えながら、「勧奨」は行っているという建前に変化しています。

 ■ 何が問題か

 日本脳炎ワクチンの時には「積極的勧奨」は「勧奨」と多分同じ意味で使われていましたが、HPVワクチンの時には個別通知という意味に変わりました。恣意的に意味を変えることができる用語の使用によって、法第8条の「勧奨」を実質的に止めながらも違法ではない体になっています。

 司法からも責任を問われるという過去の歴史を思えば,厚労省に同情しないでもありません。しかし,過去のワクチン被害とHPVワクチンの事情は必ずしも同じではなく,羹に懲りて膾を吹いているんじゃないでしょうか。WHOを始めとして多くの専門家が予防できたはずの子宮頸がんの発生を危惧しているというのにです。

 こうなってしまったのはメディアの責任が極めて大きいですが、最終的に厚労省はメディアに屈服したということでしょう。BuzzFeedのインタビューで正林氏は、厚労省が国民の理解を得ることは出来ないとあきらめてしまい、「あんたがやってくれ」とボールをメディアに投げてしまいました。

 しかし、仮にメディアがやるとしたら、行政を悪玉にするやり方になるんじゃないでしょうか。今までのメディアの論調はきれいさっぱり忘れてしまい、厚労省の不作為の罪を批判して「積極的勧奨」を再開せよと。実際にそれに近いことをしたのが、BuzzFeedの岩永氏の記事(岩永氏自身の主張は一貫していますが、他のメディアの批判まではしていない)ですが、厚労省としても気分が良くないだろうことは、正林氏の反応からも伺えます。

 厚労省の批判ばかり書いていますが、一番の問題はメディアだと思っています。そのメディアに任せるなんて短気を起こさずに厚労省には頑張って欲しいのですよ。