示量変数と示強変数という概念をご存じでしょうか。同じ容積の二つの容器に同じ温度の気体を同じ量だけ入れます。二つの容器を繋ぐと当然ながら体積と気体分子数は2倍になりますが、温度や圧力は変わりません。体積に比例する粒子数を示量変数といい、変化しない温度や圧力を示強変数といいます。熱力学では本質的な違いがあるそうです。
なんて説明されていますけど、気体を断熱膨張させて体積を2倍にすれば温度は下がりますが、粒子数は変わりませんよね。変ですね。粒子数を変えないようにすれば粒子数は変わらないし、温度を変えないようにすれば温度は変わらないのは当たり前ですけど、その片方だけ見て、大仰にも「示量変数」やら「示強変数」と名付けているように見えます。
一応、熱力学の理想気体の状態方程式から考えてみましょう。
PV=nRT
体積Vが示量変数的なのは物質量nだけ変化させて、他の変数圧力Pや温度Tは変化させていないのでnに比例しているだけです。温度Tが示強変数的なのは、Pは変えずに、nとVを同じように変化させて、Tを一定にしているだけです。他のパラメーター次第で変化もする場合もあれば、しない場合もあります。単純な状態方程式を見れば明白です。
もっと単純な濃度はどうでしょうか。濃度も示強変数と言われます。濃度とは(濃度を考える物質の量)÷(全体量)です。物質aがx、物質bがyある時、物質aの濃度はx/(x+y)です。x+y=zとおけば、濃度ρ=x/z です。
ここで、xとyを2倍にしても、ρは変わりません。ρが示強変数だからでしょうか。では、yは変えずにxだけ2倍にすると、ρ=2x÷(2x+y)で変化します。ρは示量変数だからでしょうか。どっちなんだと悩む人はいないと思います。濃度が変わらないような変化もあれば、濃度が変わるような変化もあるだけのことです。本質的な違いなんてありません。
これは、掛算固定のひとつ分といくつ分の区別とほぼ同じです。次の式から、食塩水の濃度は、全体の重さが1のときの食塩の重さ、つまり全体の重さひとつ分の食塩の重さです。
ρ(濃度)=x(食塩の重さ)÷z(全体の重さ)
これを変形すると次のようになり、全体の重さひとつ分の食塩の重さに全体の重さを掛けると食塩の重さになります。
x=ρ✕z
ρはひとつ分、zはいくつ分であり、「本質的な」違いがあるというわけです。ひとつ分が示強変数に、いくつ分が示量変数に対応しています。
しかし、
z(全体の重さ)=x(食塩の重さ)÷ρ(濃度)
でもあるので、全体の重さをひとつ分と考えても構いません。濃度が1のときの食塩の重さが全体の重さです。X(食塩の重さ)とρ(濃度)をそれぞれ2倍にしても、z(全体の重さ)は変わらないので示強変数になるではありませんか。
このトリックは単純です。z(全体の重さ)を2倍にしてもρ(濃度)が変わらないのは、x(食塩の重さ)も2倍にしているからで、xを変えなければρは半分になります。つまり、ρ(濃度)は変化させないという前提からρ(濃度)は変化しない示強変数だと言っているわけです。1リットルの食塩水と1リットルの食塩水を混ぜる場合だけ考えて、1リットルの食塩水に1リットルの水を混ぜる場合は忘れています。
バカみたいですが、なんとなく食塩水の濃度は変えないものという先入観があるのかもしれません。みかんが3個載ったお皿が4皿あれば、なんとなくひとつ分は3個という先入観と似ています。