■ 無症状者への甲状腺がん検診は過剰診断と考える医師は、たまたま自分に無症状の甲状腺がんが見つかった場合に治療を受けるか

  • 過去記事のコメントの要約

 甲状腺がんの過剰診断の問題では、過剰診断と過剰治療の二つの異なる事柄が絡み合っています。過剰診断で見つかったがんの治療なら過剰診断過剰治療かというとそうでもないのが難しいところです。この件に関しては以前に記事を書きました。

 

shinzor.hatenablog.com

 

  この記事のコメント欄で、名取宏(なとろむ)さんから卵巣がんを例にとって丁寧に理由の説明をしていただきました。要約すると、次のようになります。

 

  1. 無症状の人に検診した場合と対照群(検診しない)に違いがないことは分かっているので、検診は推奨されない。
  2. しかし、無症状の人に見つかったがんを治療した場合と放置した場合の比較はできていない。将来も比較はできないだろう。(おそらく、倫理的に)
  3. したがって、無症状で見つかったがんは、ガイドラインに従って処置(治療)される。
  4. もし、治療せずに、がんで死亡したなら医者は訴えられるだろう。

 

  • 治療を行う理由は、医学的根拠ではなく、医療訴訟対策という「大人の事情」あるいは、患者を安心させるためではないかという疑問

  前節の説明の1.で無症状者の検診と検診無の違いは治療の有無です。検診でがんが見つかれば治療されますが、検診しなければ見つからないので当然治療されないからです。この違いにもかかわらず、両者の死亡率に違いはありません。ならば治療に効果がないと考えたくなりますが、ちゃんと効果がないと言うためには2.の比較を行わなければなりません。しかし、それは倫理的に行うことが困難です。

  1.だけでは、治療に効果がないと言えないのは、いろいろな可能性があるからです。例えば、無症状のがんの中には、将来、死に至るガンに成長するものもあり、それは早期治療で予防できるのかもしれません。しかし、そのまま放置すれば何も害はないのに、下手な治療で刺激して有害ながんにしてしまう場合もあるかもしれません。その両者が相殺していれば。検診と検診無で結果はかわりません。あるいは、別の可能性として、検査でがんが見つかった心理的影響(ノセボ効果)で増えた死亡を、効果のない治療のプラセボ効果で相殺したとも考えられます。他の仮説もあるでしょうが、検証は困難です。

 1番目の場合は、治療の得失が相殺しているので、治療を行わなくても結果は変わりません。有益な治療も有害な治療もあるのですが、個別の症例がどちらなのかはわからず、可能性としては治療をしてもしなくても同じです。個人的にはこのような治療も過剰治療ではないかと思いますが、専門家の意見は違うのかもしれません。一方、2番目の場合(ノセボ効果をプラセボ効果で相殺する場合)は、検診の「失」を治療の「得」で相殺しているので、検診だけ行い、治療を行わなければ「失」だけが残ります。なので、治療を行わざるを得ませんが、そもそも検診を行っていなければ無用だった治療です。しかも、この治療は心理的な効果でしかありません。心理的な効果しかないとわかりながら、手術という侵襲的な治療を行ってよいものか疑問です。

 以上のことをまとめると、無症状のがんの治療にプラセボ効果以上の効果があるかは不明であり、治療を行う合理的根拠はありません。しかし、検診で見つけてしまった以上、ガイドラインに従わず、放置すれば訴えられる可能性があり治療せざるを得ないという「大人の事情」があるということです。そのガイドラインも症状のないがんに適用できるか不明です。適用できるか調査することも倫理的に難しく、調査するにしても10年単位の時間を要するようです。ただし、検診でがんが見つかった場合にノセボ効果があるのなら、プラセボ効果しかない治療でも行わざるを得ないでしょう。このように考えると、確かに過剰治療とは言えないかもしれませんが、それは過剰診断をしてしまったという前提での話です。検診を行っていなければ治療は行わずに済み、検診と治療を行った場合と(統計的な)違いはないのですから釈然としません。

  • 無症状者への甲状腺がん検診を行わなければ、悩ましい問題は生じないが、たまたま見つけてしまった場合はどうか

 結局、一番良いのは無症状者に検診を行わないことです。そうすれば「大人の事情」も生じません。なお、検診で意図的に見つけるのではなく、たまたま見つかってしまう場合もあります。その場合も治療せざるをえないようですが、個人的には疑問です。

 私には胃に憩室という異常があり、人間ドックの結果には必ず記載されています。しかし、特に治療の必要なしと放置されています。憩室が将来、胃がんには絶対ならないという保証はありませんが、その可能性は少ないと分かっているので、不安になってノセボ効果で具合が悪くなることもありません。

 ただ、憩室と甲状腺がんは違うと考える人も多いかもしれません。しかし、私にはその違いがやはりわかりません。あえて考えると、「憩室」と「胃癌」は、名称からして違い、別物ですが、無症状の「甲状腺がん」と有症状の「甲状腺がん」はどちらも「甲状腺がん」で同じという点です。また憩室が胃がんに変化したとしても、憩室の時点での治療法があるわけでもないようです。したがって、憩室を治療しなかったため胃がんになったと訴えられる可能性、つまり「大人の事情」がないことぐらいです。

 今の私の疑問は、無症状者への甲状腺がん検診は過剰診断と考える医師が、たまたま自分に無症状の甲状腺がんが見つかった場合に治療を受けるのかです。