構造力学クイズー変形能力

 ちょっとしたクイズです。構造力学を習った人なら基本中の基本問題で、専門外でも、高校物理の知識があれば解ける問題です。必要な知識は力のつり合いとフックの法則ぐらいです。

 図1のようにプレート(鉄板)を3本のボルトで接合して、9ニュートンの力で引っ張れば、それぞれのボルトに働くせん断力は、いくらでしょうか?

 単純に9/3=3ニュートンと計算してよいのかというクイズです。実用的な計算ではそうしてよいことになっていますが、厳密にはどうなのでしょうか。実は、条件不足でこれだけでは答えは分かりません。ボルトには、ボルトの軸の側面とプレートの支圧で力を伝える普通ボルトと、強烈な力で締め付けてプレート同士を密着させその摩擦力で力を伝える高力ボルトがあり、答えが違ってきます。

  考えやすい摩擦接合の高力ボルトについて先ず考えてみます。図2において、摩擦接合なのでボルト位置での上下のプレートにズレは生じません。そのため上下プレートのボルト間の伸びは同じになります。また、対称性から、1枚のプレートのAB間とBC間の伸びも同じになり、引張応力Tも同じになります。このことから、B点の力のつり合いより、中央ボルトの剪断力(摩擦力)は0です。3本のうち2本しか有効に働いていないのです。

 仮にボルトせん断力(摩擦力)が同じ(P/3)だとすると、プレートのAB間とBC間の引張応力が異なるので伸びも異なり、ボルト締め付け箇所でズレが生じることになってしまいます。

 次に、支圧で力を伝える普通ボルトについて考えます。この場合はボルトがせん断変形するため、上下のプレートに図3のようにズレが生じます。そのズレをδとすると、ボルトのせん断力Qはδに比例します。式で表せば、Q=k・δです。一方、プレートの引っ張り応力Tとプレートの伸びΔlも比例します。Δlをプレートの元の長さで割った歪をεとすると、T=K・εとなります。この応力歪(変形)関係と、A点、A’点、B点での力のつり合いの式からなる連立方程式を解けば、ボルトの剪断力が求まります。中央のボルトにも剪断力が生じますが、両端より小さくなります。

  摩擦接合では4.5ニュートンにもなるのに実用計算では3ニュートンとしてよいのは何故でしょうか。大丈夫なのでしょうか。上記の計算では、プレートの厚さは無視したモデル化をしていますが、実際には厚さの効果で、中央のボルトにも剪断力が生じます。ただそれは誤差のレベルで、次に述べる理由が重要です。

 鋼材は力に比例して弾性的に変形しますが、降伏点を過ぎると応力は上昇せずに変形が進みます。いわゆる塑性化です。その結果、複数の部材があれば先に降伏した部材が負担する力は増えずに他の部材が代わりに負担します。複数の部材の降伏時の応力が同じなら最終的に均等に分担することになります。この応力再分配が成立するのは、降伏後の変形能力が十分ある場合です。鋼材は変形能力が十分あるから大丈夫だというわけです。通常の許容応力度設計は弾性範囲内で考えますので、許容応力度を超える塑性領域まで考慮するのはおかしいのですが、塑性化を認めないと現実の設計は難しい場合があります。その1例がこの問題です。各ボルトが一様に力を負担するとは限らず、一部に力が集中するような場合、弾性範囲内の設計は困難になります。

 実は、コンクリートのような脆性的材料ではこのような考え方は成り立たない場合があり、現実に地震被害が発生してきました。従って、コンクリートの方が変形能力には特に注意が必要です。このことが強調されだしたのが40年前の現行耐震設計です。

 また、鋼材は変形能力が大きいとはいえ、最初からバランスよく力を分担させる設計にするに越したことはありません。その意味で引張方向に一列に多数のボルトで接合するような設計では、端部のボルトの負担が大きく、各個撃破的に順番に破断してしまう可能性がないとも限りません

 また鋼材は材料としては変形能力が大きいですが、構造物となった場合は形状的に一気に耐力を失う脆性的崩壊をする場合があります。座屈という不安定現象です。

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