基礎の水平震度

 高野さんから,下記記事へのコメントを頂いたので,少し補足する。また,元記事に変な記述があったので削除と修正も行った。

 信頼できる専門家に聞け
 http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20170221/1487666093#c

 今まで,私は高野さんの指摘を次にように理解していた。

 豊洲市場の建物の地下部分は地盤に拘束されていないので,地上4階地下1階ではなく,地上5階建てとして扱うべきである。さすれば,地上部分と地下ピット部分の地震力は大幅に増加する。

 第2回市場問題PTにおいて提示された例のひょろ長い基礎が傾く実態とは似ても似つかない模型の印象が私には強く残っていたので,基礎が壊れるのを心配されていると思っていたのである。しかし,「私もあんなバカフーチングが壊れるなんて思っていません。」と常識的なコメントを頂き,私の誤解であることが判明した。高野さんの真意は,地上4階地下1階として扱ってもよいが,地盤の拘束がないので,1階床レベルの水平震度は0.1ではなく,2階床レベルと同じ0.2とすべき,であるらしい。そうしても馬鹿でかいフーチングが壊れることはないが,その下の杭が壊れるという指摘だ。ちなみに杭の検定比は1.16になるとのことである。

 しかし,高野さんはまだ勘違いしている。2階床レベルの水平震度は0.2ではない。0.2なのは,1階鉛直部材の層せん断力係数である。層せん断力から,試しに,2階床レベルの水平震度を逆算してみると,0.112にしかならない。使用した数値は,市場問題PTにおける日建設計の資料のものである。1階床重量は不明なので勝手に100000トンとしたが,話の主旨には影響しない(下表図 参照 )

 1階床レベルの水平震度は更に小さくなるので,0.1としておけば十分だろう。地盤の拘束効果は無関係である。高野さんへのお返事コメントにも書いたとおり,「建築基礎構造設計例集」(日本建築学会)の計算例3.1でも,基礎の根入れ効果を無視しているが,基礎に加わる地震時水平力は震度0.1としている。

 また,日本建築センターの「地震力に対する建築物の基礎の設計指針」の2章(2)では,「杭基礎における基礎スラブ根入れ効果による水平力の低減」について説明してある。杭に作用する地震力は「2章(1)による水平力を地上部分の高さ及び基礎スラブの根入れ深さに応じて0.7を超えない範囲で(1)式による割合だけ低減できる」としている。そして,「2章(1)による水平力」とは,基礎直上階の水平せん断力に基礎部分に作用する荷重を加えたものであり,基礎部分に作用する荷重は建基法の地下部分の地震力に準じている。つまり,根入れ効果なしとした場合でも,基礎の水平震度は0.1あるいはそれ以下であり,根入れがあれば(2メートル以上の条件が付くが)それをさらに低減できるのである。

 以上は計算上の扱いであるが,実際にはさらに小さくなると考えられる。地下階やドライエリアでの地震観測によれば,地表より揺れは小さい。加速度では,地表の0.7程度という観測結果もある。表層地盤では地表面に向かって地震のゆれは増幅するのであるから,当然と言えば当然である。

強震計の設置状況が計測震度と地震記録へ及ぼす影響
http://www.sharaku.nuac.nagoya-u.ac.jp/data/fukuwa/paper-pdf/taikai2005hamada.pdf

 ちなみに,建築のスケールから外れるが,地下数百メートルになると,地表の半分から四分の1になるようだ。

Q.地震が起こると,地下ではどれくらい揺れるのでしょうか?
https://www.jaea.go.jp/04/tono/antei/jisin_010.html

 豊洲市場の地下部分は殆ど剛体であり,基礎底の揺れがほとんど増幅されず1階床レベルに伝わる。つまり,地下の巨大基礎が無い場合の0.7倍程度になっている可能性がある。一般の建物の地下は,豊洲市場のバカでかい基礎ほどではないにしても壁が多く,剛性が高い。経験的にも地下のある建物は地震に強いことが分かっている。ただし,計算上は考慮されず,計算外の余力扱いが通常であり,豊洲市場の設計でも同様だろう。

地下の地震力はよくわからないことが多い。基礎の水平震度は基準法に規定はなく,上記の日本建築センター指針でも,地下階の値を準用している。一応,地下階については水平震度の規定が建基法にあるが,根拠ははっきりしない。それに対して,地上の層せん断力係数Ai分布については,詳しく調べられていて根拠もかなりある。土から下については,どうも,昔から0.1で計算して特に問題になっていないという経験的なもののようである。地下の地震被害は日本では報告されておらず,詳しく調べる意義もあまりないからだろう。杭の地震被害は結構あるが,人命を脅かすこともなく,杭が壊れることで上部構造の被害を免れたと思われる例もあるくらいだ。

 かつて,和田章先生が故渡部丹先生に「杭の耐震診断や2次設計をしなくてよいのですが」と尋ねたことがあるそうだ。渡部丹先生曰く「杭が壊れても人は死なない」

【補足】地上1階の場合は,屋根レベルの水平震度と層せん断力係数は同じになり,1階床レベルの水平震度が0.1以上になる可能性はある。しかし,1階建てで杭の地震力が問題になることは殆どないだろう。