信頼できる専門家に聞け

[都政103豊洲市場] 耐震論議…日建と高野氏の見解考察(試案)
http://blogs.yahoo.co.jp/kensyou_jikenbo/55709689.html

 まだ,言ってんのであるが,こういうのを下手な考え休むに似たりという。極めて専門的な事柄について,門外漢があれこれ考えても的外れになるだけだ。こういうことは信頼できる専門家に尋ねるに限る。もちろん専門家もいろいろで,高野氏も一応専門家だ。従って,個人ではなく業界の標準的見解を参照するのが重要である。これだけ騒ぎになっているのであるから,仮に高野氏の指摘のような問題があれば,日本建築学会や日本建築構造設計者協会がコメントをすべきだ。しないのは社会的使命を果たしていない。しかし,コメントは一切ない。建築の専門家団体は全然問題にしていないのである。もっとも,業界ぐるみの不正隠しを疑いだせばきりがないが,陰謀論はトンデモさんの始まりである。

 おそらく,建築の専門家団体は相手にするのも馬鹿らしいと考えていると思うが,それでも,気になる方もいるであろう。そこで,暇な私がリンク先の記事の門外漢的勘違いについて説明しよう。多少分かりにくいかもしれない。

建築基準法施行令1条の「地階」の定義と構造計算の「地下部分」は異なる。

 建築基準法施行令1条の「地階」の定義は,「床が地盤面下にある階で、床面から地盤面までの高さがその階の天井の高さの三分の一以上のものをいう。」である。これは,建築計画上の規制のためのものである。例えば,採光や換気設備などの規制は地上階と地下階で異なる。一方,構造計算上の「地下部分」(「地階」と表記されていないことに注意)は純粋に構造力学的に考えなければならない。法令では標準的な場合の扱いが規定されいて,通常は地階は地下部分と同じになるが,豊洲市場の地下ピットのような標準的でない場合は違ってくる。建築基準法でも「特別の調査又は研究の結果に基づいて算出する場合は,この限りではない」というただし書きがついているのである。

 この点については,いわゆる黄本と言われる「建築物の構造関係技術基準解説書」にも解説してある。この本は,国交省住宅局建築指導課,国総建,建研,日本建築行政会議の監修,日本建築防災協会と日本建築センターの編集協力によるもので,建築構造技術者が最も参照しているものだ。地下部分の地震力の解説に「ここで地下部分とは,地階であるか否かに関わらず,計算に当たって振動性状等を勘案して地下部分とみなすことができる部分とする必要がある。」と記述してある。

 従って,リンク先記事で,周辺部分の拘束があるか否かを気にしているのは,まさに振動性状に影響するので,妥当である。しかし,その先がいけない。「地下扱いできないので地下部分の水平震度0.1は採用できないのではないか」と疑問を呈しており,結局,法的な地階扱いか否かで地震力の大きさを判断しようとしている。よう壁と建物の間のスタイロフォームの有無だけでは建物の振動性状は分からないのである。地下部分の剛性を評価した振動性状等を勘案して水平震度は考えなければならない。

■ 日建設計は地下ピット部分を水平震度を計算する「地下部分」としても扱っていない。

 そもそも,日建設計は地下ピットの水平震度など考えていない。地下ピット部分は,馬鹿でかい基礎であり,階数には入らないのである。リンク先記事は,地上5階と扱うべきであり,日建設計の地上4階・地下1階扱いは妥当ではないと指摘している。しかし,日建設計は地上4階として扱っており,水平震度を算定するような地下部分はないとしているのである。

 発端の高野氏の指摘は,地下部分の地震力ではない。地上部分の層剪断力係数Aiの扱いである。地下ピット部分は周辺地盤に拘束されていないので,ピット底を地盤面と考えて地上5階と扱うべきだという指摘までは妥当である。しかし,その後がいけない。基準法の定めによる地上部分のAiは1階の1.0から始まり,上の階になるほど大きくなる。従って,地下ピット部分から1階が始まると考えれば,各階のAiはそれぞれ大きくなる。というのが高野氏の指摘だ。しかし,豊洲の地下ピットのように剛体と扱えるような建物に,標準的な建物を想定しているAi分布を適用するのは妥当ではない。剛体部分では地震力は増幅しない。それをきちんと説明したのが第2回市場問題PTの日建設計の資料である。わざわざモーダルアナリシスまでしているが,剛体ならば,増幅しないことは先ほどの黄本の図5.5-4「地震層せん断力係数の分布係数Ai」にも示してある。

■ 地下部分の震度を気にするのは,相当ピント外れである
 リンク先記事では地下ピット部分の1階床レベルの水平震度0.1とすべきか0.2とすべきを気にしている。仮にここも階と考えれば,前述のように剛体は増幅しないので,Aiは上階と同じ1.0になる。この場合,地下ピット部分(1階床レベル)に作用する地震力は,1階と地階の層せん断力の差になる。水平震度の値は各階床の重量分布で変わってくるが,均等とすれば概ね0.2程度であろう。その点では,高野氏の指摘は正しい。しかし,0.1だろうが0.2だろうが,全然気にする必要はない。ここは階ではなく馬鹿でかい基礎であり,壊れることなど考えられず,検討する必要もない。別にしても構わないが,結果は分かり切っている。馬鹿でかい基礎ではない,一般的な地階でもあまり気にすることは無いのである。黄本には「なお,過去の国内の地震では,地下部分の破壊により建築物が崩壊に至った例は報告されていないこと等の理由により,地下部分の地震力に対しては許容応力度計算のみを課することとしている。」と解説されている。

【3/15 変なところを,削除修正しました。関連記事も書きました。http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20170315/1489566859

【4/27 kensyou_jikenboさんのご指摘があり,修正しました。】