2次設計は壊れないことではなく,どのように壊れるかの確認である

■ 関東地震の大きさは推定

 kensyou_jikenboさんから,上記の質問を受けた。口幅ったい言い方をすれば「いい質問」である。新耐震設計法の2次設計は何をしているかを考えるきっかけになるからである。

 私の学生時代は,新耐震設計法は検討中であり,旧耐震設計法も習った。従って,中地震と大地震に対する2段階の設計は新耐震で初めて採用されたことが単なる知識ではなく,実感として感じている。しかし,新耐震しか知らなければ,現時点の知見レベルで昔の設計法に疑問を感じるのは自然だと思う。大正関東地震の被害を教訓に作られた耐震規定なのに,当該地震を想定していないのは,相当間抜けに感じるだろう。しかし,まず,当時の状況を知らなければ,当時の人を間抜けだと批判はできない。

 大正関東地震を契機に市街地建築物法に耐震規定が初めて設けられた。それ以前は地震に対する設計は行っていなかったのである。当然ながら,中地震や大地震という2段階の設計法の発想もなかっただろう。中地震や大地震と区分するためには,実際に発生した地震の揺れの大きさを知る必要があるが,当時は針が振り切れなかった強震計はそれほど多くない。そのため,最近まで,当時の記録を精査して関東地震の大きさを推測する研究が行われていた。

 このような状況下で,地震に対する設計法を決める必要があったが,地震は動的現象であり一筋縄ではいかない。地震が建物に及ぼす影響は,最大加速度(荷重)だけではない。エネルギーに関係の深い最大速度,継続時間,周波数特性など様々な要因がある。振動応答解析を行えばこれらを考慮することができるが,非常に煩雑であるし,現在のような計算機もない時代では困難でもあった。そのためかどうか知らないが,最大加速度だけで設計するという大胆な工学的判断によって,水平震度0.1の規定が定められた。この思想は新耐震設計法になるまで継承された。一般の方は,地震力に耐えるように設計すれば十分と感じるかもしれないが,実用性を重視した大胆な略算法なのである。そもそも,大正関東地震の大きさも正確には分からなかったのである。耐震規定が現実のどの程度の地震まで有効なのかはよくわからなかったのである。それでも,耐震規定そのものが画期的であったし,ある一定レベルの耐震性を確保するという大きな意義があったといえる。

■ 当時の考え方

 正確には分からなくても,ある程度の推測は出来た。また,水平震度0.1(戦後の基準法の0.2相当)は中地震相当であるが,関東地震級の大地震は想定していなかったのかというと,必ずしもそうとはいえない。そのことは次のように説明される。

 水平震度0.2の荷重によって,建物の応力度は基準強度Fの2/3に抑えられる。従って,限界の基準強度Fに達する水平震度は1.5倍の0.3となり,大地震としてその大きさを想定していると言える。もう少し正確には,常時荷重による応力と地震荷重による応力を2/3F以下にするので,大地震の大きさはもう少し大きくなる。仮に,常時荷重による応力と中地震による応力が同じであるとすると,大地震の水平震度は2倍の0.4程度になる。

 しかし,水平震度0.2で2/3・F以下に抑えているのなら,0.3〜0.4ではF以下になるのは単純な比例計算に過ぎず,中地震と大地震に対する2段階の検討を行っていると言えるほどのものではない。新耐震の大地震に対する2次設計は加速度だけでなく,旧耐震では考慮されていない,前述の動的な要因が反映されている。

■ 新耐震の考え方

 旧耐震設計法でも,大地震を想定していないわけではないと述べたが,水平震度0.3〜0.4程度までは,建物のどの部分も基準強度Fに達しないと分かるだけで,これは許容応力度設計の延長に過ぎない。建物の1か所が材料強度に達しただけで,建物全体が崩壊する場合もあれば,他の部分が次々に材料強度Fに達するまで,負担出来る地震力が増えて行く場合もある。後者の場合は,建物に部分的な損傷を受けても,負担地震力は増えて行くが,それも限度があり,最終的には建物の崩壊に至る。この荷重を保有水平耐力というが,許容応力度設計では分からない。これを求めるのが新耐震の2次設計である。この荷重に達するまでは,部分的な損傷は受けても,建物が崩壊することはなく,人的被害は防げる。さらに非構造や設備の対策によって機能維持も可能である。

 保有水平耐力は材料強度Fの大きさだけでは決められない。Fに達した後にすぐに破壊せずに,部材形状を維持したままでどれだけ変形できるかに大きくかかわる。この能力を変形能力あるいは靭性性能などといい,建基法上は,構造特性係数Dsとして評価する。前述の許容応力度設計でも水平震度0.3〜0.4程度まで耐えることまでは分かるが,その後,どのような経過を経て崩壊に至るかは不明である。だが,保有水平耐力を計算すれば,その後,どれだけの増加荷重に耐えるかわかるのである。

 さらに,耐えうる荷重は必ずしも増える必要もない。ここが,地震荷重が自重や風荷重と大きく違う点である。自重や風荷重は建物の重さや形状だけで決まってしまう。その荷重に建物が耐えられなければその時点で瞬時に崩壊してしまうので,設計者としては非常に怖い面がある。地震の少ない海外では,平常時に建物が崩壊する事故が時々起こるが,多くの死傷者を出す悲惨なものになる。一方,地震荷重は建物が損傷を受け振動性状が変化し,増加の程度が減少したり,それ以上増えなくなったりする。とはいえ,荷重が増えないから安心というものでもない。荷重は増えずとも,変形がどんどん進み限界変形に達すれば崩壊するが,限界変形に達する前に,地震のエネルギーが消費されれば崩壊しない。エネルギーは仕事であり,仕事は荷重と変形の積であるから,耐力と変形能力の両方に関わるのである。

 実は,前述の「水平震度0.3〜0.4」まで基準強度Fに達しないというのはコンクリートの場合である。鋼材の短期許容応力度は基準強度と同じFであり,倍率は1.0なのである。にもかかわらず,鋼材は変形能力が高く,耐力が増えなくても地震のエネルギーを消費できるので大地震にも耐える。

 建築基準法の規定は,旧耐震設計法になじんだ設計者のために,形式的には「力」や「加速度」で表現されている。層せんだん力係数0.2や1.0は「力」の表現であるが,動的効果による補正を行う。鉄骨構造のような変形能力が高い建物では,1次設計の層剪断力係数0.2に対して,2次設計の値はさほど大きくしなくてよい。「力」ではなく「変形量」で地震エネルギーを消費できるからだ。

 2次設計の層剪断力係数は1次設計の5倍あるのに,中地震の加速度80〜100galに対して大地震の加速度は300〜400galと3〜4倍しかない。この点について一般の方は疑問を感じるかもしれない。しかし加速度は3〜4倍でも,地震のエネルギーは多分5倍程度あるのだ。層剪断力係数が5倍なのはエネルギーに対応しているのである。そのエネルギーを消費するためには,必ずしも耐力も5倍である必要はない。そのような理由で,変形能力に応じた構造特性係数で低減できることになっている。

■杭や地盤の変形能力

 建築基準法では,保有水平耐力は地上部分だけで杭や直接基礎の地盤では不要である。その理由は以前の記事で説明した通り,人的被害の可能性がほとんどないからである。この理由について,変形能力の観点から補足してみよう。杭自体にはそれほどの変形能力はない。しかし,杭が破壊した後のバックアップつまりフェールセーフ機構がある。地盤である。地盤の変形能力は無限大と言っても良い。沈下が進んで行っても,崩壊する限界の変形はないのである。地盤に構造特性係数Dsはないが,あえていえば,0になる。いくらでもエネルギーを消費できるからだ。

 耐震診断でも同じような考え方がある。柱がせん断破壊すると,鉛直荷重を支えられなくなり建物が崩壊したと判定する。しかし,柱に代わって鉛直荷重を支えられる部材があれば,保有水平耐力の増加が見込める。地上のバックアップ材には限界があるが,地盤はほぼ限界のない理想的なバックアップなのである。このような理由で保有水平耐力の計算をするまでもないのだ。

■kensyou_jikenboさんの疑問への答え

 以上,述べたことを踏まえて,疑問に答えるならば次のようになる。

 市街地建築物法の0.1や旧耐震設計法の水平震度0.2は中地震に対応しており,大地震を直接的には想定していないが,水平震度は0.3〜0.4程度(地震地動なら150〜200gal程度)まではほぼ無傷であることはいえる。初めて損傷が生じてからも建物が負担する地震力は保有水平耐力まで増加するが,計算してないので300〜400galの大地震で崩壊しないほどあるのかは不明である。ただ,建物形状がよければ,大地震でも崩壊せず,悪ければ崩壊したという地震被害の経験がある。その経験から建築基準法の改正が行われ,新耐震設計法になった。