建築業界の信頼性

 前の記事で、信頼されない専門家について述べた。この問題は私が、常々感じているもので、具体例をもう一つ紹介する。建築工事の仕様書におけるコンクリート品質の管理のわずらわしさの問題である。もっと簡単にできないのかという疑問を持ち続けているが、現時点では難しそうである。この説明は専門的かつ長くなるので、最初に結論を記しておく。

(結論)コンクリート品質管理の規定が煩わしいのは、生コン業界が信頼されていないからである。
 では、この結論に至る経緯を説明しよう。

 仕様書のコンクリートに関する規定は他の材料に比べて圧倒的に複雑でわかりにくい。例えば鋼材については、設計者はJIS規格の材質(これで強度が決まる)を指定して、監督は規格品証明書で確認すればよい。原則はそれだけだ。材料試験を行う場合もあるが、例外的である。これに対してコンクリートの場合、設計者は強度の他に、次のような事項を指定しなければならない。

 気乾単位容積質量、スランプ、調合条件として空気量、水セメント比、単位水量、単位セメント量、細骨材率

 監督は、以上の確認の他、塩化物量、アルカリ総量なども確認しなければならない。強度はコンクリートが固まった状態での性能であるが、それ以外は固まっていないコンクリートの性能である。そこで、生コン工場から現場に生コン車で納入された時点でスランプ等の試験を行い確認する。これらの性能は生コン工場に責任がある。これをフレッシュコンクリート(まだ固まらないコンクリート)の試験という。

 次に、最も基本的で重要な強度については、固まったサンプルの破壊試験を行うが、これには2種類ある。調合管理強度の管理試験と構造体コンクリート強度の推定試験の二つである。この二つは意味合いが異なり、調合管理強度の試験は、生コン工場が注文通りのコンクリートを納入しているかを確認するものだ。生コン工場の責任は建築現場に生コン車で持ってくるまでなので、いうまでもなくその時点ではまだ固まっていない。そこで、現場に搬入した時点で試験用のサンプルを採取して、固まって強度が出てから潰して強度を確認する。ただ、強度は固まるまでの温度や養生環境などで変化するが、それはゼネコンの管理責任範囲である。そのため、サンプルの試験体は理想的な温度や湿度の環境で養生してから試験する。この試験体を標準養生供試体という。当然ながら、標準養生供試体の強度と実際に建物に打ち込まれたコンクリートでは養生条件が異なるので強度も異なる。つまり、調合管理強度の管理試験で確認するのは、現場に持ち込まれた固まっていないコンクリートが、理想的な養生を行えば発揮する強度である。その意味合いを表すため、ポテンシャルの強度と言ったりする。潜在的な強度を実際に発揮するかどうかは、ゼネコン側の責任なので、生コン工場の責任は潜在的な強度まででよいのである。もし、この試験で不合格ならば、生コン工場の調合から見直す必要がある。

 構造体コンクリート強度は、ゼネコンが責任を持つもので、実際の建物の固まったコンクリートから試験体を切り取って試験(コア抜き)すればよいが、建物を傷めるのでそれは最後の手段である。通常は、調合管理強度の管理試験と同様に、現場に生コンが搬入された時点で、サンプルを採取した供試体で行う。この場合、養生条件は実際の建物に近いように、現場で養生する場合もあれば、標準養生供試体でもよい。これらは養生条件が異なるので強度も違うが、実際の建物の強度である構造体コンクリート強度との差のデータがあるので、それで補正して構造体コンクリート強度を推定するのである。そのため「推定試験」という。この試験で不合格になり、かつ調合管理強度試験が合格であれば、ゼネコンの対応となる。

 ざっと以上のような管理を行うが、奇妙なことにお気づきではないだろうか。構造体コンクリート強度の推定試験は、生コン受け入れ後のゼネコンの作業が適正であったことを確認するものなのに、コア抜きを行う場合以外は、ゼネコンの作業がほとんど反映されていない。強度は建物へのコンクリートの打設方法や養生状態によって変わるが、供試体には一切反映されない。特に標準養生供試体を使う場合は、調合管理強度の推定試験と何ら変わらず、合格判定の値が違うだけだ。この試験で不合格なら、実際は生コン工場の責任だろうし、合格でも、ゼネコンがきちんとした施工を行い、実際の建物の強度が確保されているという証拠にはなっていないのだ。

 この問題も興味深いが、とりあえず本記事のテーマの「信頼性」とはあまり関係しないので、ここまでにしておくが、個人的見解を言えば、実質同じ試験なのだから、二つも行わないでよいと思う。もちろん。コア抜きをすればゼネコンの仕事の確認ができるが、建物を傷つけてまで行うのが妥当か疑問がある。いずれにせよ、将来、不具合が生じれば、元請けのゼネコンの責任は免れない。

 さて、本題に戻るが、結局、コンクリート関係の試験はすべて下請けである生コン工場の品質管理を確認していることになる。元請けのゼネコンがその確認を行うのは、当然としても、発注者の監督がそこまで確認する必要があるのか、というのが大いなる疑問である。鋼材についていえば、鋼材の成分が規格通りかというような鋼材メーカーの工場の品質管理についてまで監督が確認しているようなものだ。実際にはそんな煩雑なことはしない。鋼材メーカーの規格品証明書の確認で済ませている。規格品証明書通りに作られていることは鋼材メーカーを信頼しているのである。

 発注者が最終的に求めている性能は鋼材やコンクリートの強度である。本来は、製造過程は製造者の責任で自由にして構わないのである。その点に関しては、メーカーのノウハウや企業秘密もあるかもしれないからだ。鋼材の規格は出来上がった製品についての規格であり、製造方法についてはほとんど規定がない。しかし、コンクリートについては、最終的に固まったコンクリートの性能だけでなく、製造過程の空気量などについて事細かに確認することになっている。

 このようになっているのはもちろん理由がある。ほとんど既製品の工業製品といってよい鋼材に対して、コンクリートはバラツキの大きい材料であり、特注製品である。そして、決定的なのが、過去に不良コンクリート事件を生コン業界が起こしていることだ。硬化不良、アルカリ骨材反応、塩分過多による鉄筋腐食のほか、生コンへの加水、制限時間超の生コン納入などの管理しにくい生コン車の問題もある。信頼して任せるには不安があって、生コン工場の管理についても介入して確認しないと不安なのである。そのために、製造過程にも介入して、事細かに仕様書に規定しているのである。

 その件に関して、よく考えると奇妙な規定が仕様書にはもう一つある。生コン工場が、調合管理強度を目標に実際の調合を決めてしまうと、コンクリートはバラツキの大きい製品であるので、半分が調合管理強度を下回ってしまう。そこで、調合管理強度に強度のバラツキを表す標準偏差を元にした補正値を加えた調合強度を目標に実際の調合を行う。奇妙なのは、この標準偏差は発注者が指定するのではなく、それぞれの生コン工場の実績値なのである。そして、調合強度を発注者が確認することはない。つまり、調合強度とはそれぞれの生コン工場の能力に応じて、自由に設定できる製造過程の目標にすぎない。発注者が確認しなければならないのは調合管理強度だけでよいのである。にもかかわらず、なぜか仕様書の規定になっているのだ。確かに、仕様書は最終的な性能だけでなく、製造過程の目標値や製造方法を指定するものも多い。その場合は、具体的数値で目標値を指定している。ところが、調合強度は生コン工場が自由に決めるものなのである。発注者が製造過程に介入しようとしたのだろうが、この規定は実質的になんら介入していない。ほとんど無意味なのである。

 それはともかく、生コン工場の責任で行えば良いことまで、仕様書には事細かに規定されているのだが、発注者の監督でその煩雑な規定の意味合いを理解している人は少ない。「コンクリートの規定はわからん」という声は多く、質問も多い。結局、生コン工場に介入して監視するはずの監督に、それだけの知識も技術力はなく、意味も分からずマニュアル的に確認している場合が多いのでないだろうか。私自身、専門的過ぎて理解できないことだらけだ。鋼材のように規格品証明書で強度を確認するだけでよくならないものかと思う。それは生コン業界が信頼を獲得する頑張りにかかっているが、頑張って実現できたら、みんな喜ぶだろう。

 一般人から見れば、建設業全体が手抜き工事や談合ばかりしている信用できない業界というイメージがあると思う。似たような関係が、建設関係者の中にもあるのだ。

【追記】
 コンクリートの仕様が煩雑なのは,信頼の問題よりももっと単純な理由がある。生コンが誕生したのは昭和24年で,それ以前は現場練りだったからだ。しかし,生コンが普及するにつれて,簡単な規定に変化してもよいはずだったが,全くそうはならなかった。これは信用の問題があるからと思う。