力の入れどころー大局観

 一般の建物の耐震設計では,敷地の特性はあまり考慮されません。せいぜい地域係数と地盤種別がある程度です。地域係数とは,地震力に乗じる,全国の地域別にあらかじめ定められた0.7〜1.0の係数です。地盤種別は地盤調査して,地盤の固さで3種類に分類します。地盤種別に応じて,地震力が異なります。

 これに対して,超高層建築はもう少し敷地特性を詳細に考慮します。地震応答解析を行う際の入力地震動を地盤の特性に応じて変えます。以前は,このような検討を詳細に行い,地盤によって卓越する振動周期を避けるような建物を設計していました。精密で一見合理的に見えます。

 しかし,このようなやり方は随分以前に批判されるようになりました。地盤によっては鋭い卓越周期のピークがあるものがあります。そこを外せば,建物に入力する地震動は小さくなり設計は楽になります。しかし,必ずしも設定した設計用地震動と同じような地震ばかりが発生するとは限りません。設計用地震動はそれに近い地震が発生する可能性が高く,そういう意味では敷地特性を反映していますが,あくまで平均的な意味しかありません。そこだけしか考慮していないと,傾向の異なる地震が発生した場合,大きな被害を受ける可能性があります。このため,傾向の異なる複数の入力地震動と,際立ったピークがない入力地震動による設計が現在はおこなわれています。これは,3種類の地盤程度の大雑把な一般建物の設計と結果的にあまり変わらないとも言えます。

 実は,建築の構造設計では似たような失敗を繰り返しています。設計用過重や応力計算法はある程度標準的なものが定められています。設計者はその標準に応じて最も合理的な設計を模索します。そのような設計を最適設計とか上手い設計と称してもてはやした時代がありました。ところが,標準は標準に過ぎず,現実には標準から外れる場合があります。その場合は最適設計は大きな被害を受けます。より詳細で精密な計算とは,より安全な建物を作るためというよりも,より経済的な解を求めているところがあります。贅肉を落とすために詳細な計算をしているわけですが,贅肉ではなかったりするわけです。

 この状況は,デートで使う最適なレストランを緻密なデータに基づき選ぶことに例えられます。彼女の食の好み,インテリアの趣味などをストーカーまがいの手管を駆使して情報収集し,これ以上ないという最適のレストランを選び,自信満々で彼女をエスコートします。ところが,彼女の大好物のメニューなのに,あまりうれしそうではありません。前日に食べたメニューと同じだったからです。

 もちろん前日の食事もリサーチすればよいでしょうが,それこそストーカーになってしまいます。そういうことばかりに集中せずに,もっと多角的にデートを楽しくする方法を考えた方が安全と言えます。全てを考慮できれば理想ですが,現実には無理です。そこで平均的なところで考えます。平均とは確率的なものですが,いつのまにか確定的という勘違いをしていまいます。この近視眼的勘違いはいたるところで見られます。

 突然,原発の耐震設計に話は変わりますが,原発の設計用地震力は,きわめて詳細な地盤調査に基づいて決められます。震源の断層まで特定して地震力を決めたりしています。そのため,高額の費用を投じて,地質学の調査でおこなうような深さ数十メートルのトレンチ調査や調査船を航行させ海底の音波探査までします。また,数十万年以降に動いた可能性のある断層かどうかという直ぐには結論が出る見込みがなさそうな学術的な議論もします。

 なかなか格調は高いのですが,それで,これだけ調査しても断層が全部見つかるわけじゃありません。何しろ,地中の話ですから。挙句に反原発派からそれを指摘されたりします。

 これらの調査は興味深い学術的成果につながるかもしれませんが,施設の設計という工学的目的としては,力の入れどころを外しているような気が昔からしていました。地質学の素人の印象ですけど。