信頼 

マンション問題 再発防止へ国が委員会設置へ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151027/k10010283621000.html

委員会では、会社側が調査している今回の問題の詳しい原因なども踏まえながら、建築現場での施工管理の在り方やデータの確認方法など、具体策の検討を進めるものとみられます。

 これだけの社会問題になってしまったので,委員会設置も必然ですが,具体策を打ち出すのは難しいと思います。というのは施工管理は多重下請け構造である建設業の永遠のテーマで,さんざん議論されて来て今の現状があるからです。現状以上の名案が急に出てくるとはとても思えません。

 施工管理に使う報告書は,悪意による報告書の改ざんは行われないという前提があります。もし,この前提を疑えば,報告書のチェックは膨大な作業となってしまい,下請けを使わず自分で施工した方が早くなってしまいます。STAP細胞論文の査読でも,悪意の改ざんまでチェックすることはとても出来ないと言われました。疑いの目で見れば,改ざんを見つけることは出来るかも知れませんが,普通は信頼に基づいて,査読しているのだと思います。さもなければ,膨大な時間が掛かってしまいます。

 信頼関係がなければ,下請け(協力業者)は使えません。自社で行う場合も社員が信用出来なければ,社長が現場で作業員をするしかありません。同じことは,施主にも言えて,性悪説に基づいて受注者を徹底的に疑えば,自分で工事をした方が安く済むでしょう。分業は信頼関係があってこそ,効率的に生産性を上げることができるものです。

 といって,この様な委員会が無駄とは思いません。信頼を裏切れば大きな賠償と反動があり,結局,損をすることを再認識させる意味があると思います。事件があるたびに,世間が大騒ぎするのも必要です。ただ,具体的対策にはあまり期待できません。具体的対策はチェックを厳しくするぐらいしかありませんが,効果があるかというと疑問です。悪意があればどんなチェックでもすり抜ける方法を考え出すもので,結局,コストと手間が増えるだけで,信頼関係に基づく効率性を損なうだけに終わるかもしれません。

 ではどうすればよいかというと,「偽札は割に合わない犯罪と言われるように,悪意の改ざんも割に合わない。」という空気の醸成ぐらいしか思いつきません。というか,少し考えればそんなことは誰でも分かります。杭が支持層に達していなければ,いずれ建物沈下を引き起こし,どんな賠償を求められるかくらいの想像力は働くでしょう。にもかかわらず,改ざんするのは,当面の問題で頭がいっぱいだからです。杭の設計変更をすれば工期に間に合わなくなると言うことしか考えられなくなるものです。

 いや,そんなことはないという関係者の方は,自分の仕事を振り返ってください。少なくとも私は似たような経験が山ほどあります。大体順調に進む仕事はまれで,なにかしら予定外のトラブルが起こります。その際には,総てを解決することは不可能で,何かに目をつぶることが必要になってきます。何に目をつぶるかという時に,遠い将来のことは無視しがちで,その場しのぎの判断になります。ただでさえトラブルで大変なのに,今現在の仕事や苦情を増やすようなことはしたくありませんからね。先のことはその時に何とかなるだろうとタカをくくるのです。
 

【おまけータカをくくる要因】

 実は,タカをくくる要因が杭にはあります。大抵の杭は支持層に達していないくても十分支持力があるのです。計算上は杭の支持力の大半を支持層の先端で受け持ちます。ところが実測してみると,途中の杭周面の摩擦力で支持され,上部構造の荷重はわずかしか先端まで伝わりません。

 今では,騒音振動のためほとんど使われませんが,かつては,パイルドライバーで杭をたたき込む打撃工法がよく使われていました。支持層が深いと2,3本の杭を継ぎ足すので,時間が掛かりますが,翌日に作業が持ち越してはいけないと言われていました。もし,一晩おくと,杭が打ち込めない場合があるからです。前日の打撃で揺るんだ杭周辺の地盤が夜の間に絞まって,摩擦力が増えるのです。支持力は十分ですが支持層に達していないので使えません。支持力があれば良さそうですが,別の問題があるのでダメです。

 打撃工法でもこういうことがありますが,今回問題になった埋め込み工法や場所打ち杭の方が周辺摩擦力の比率が大きいと言われます。前述の実験も場所打ち杭のものです。なぜかというと,これらの工法では地面に穴を掘るのですが,穴周辺の土砂が崩れ穴の底に溜まりやすいからです。この土砂はスライムと呼ばれ除去し無ければなりませんが,完全には難しく先端支持力は低下します。

 つまり,計算上は先端支持力に期待していますが,実態は周辺摩擦力が効いているのです。荷重が増えて行けば最終的に先端支持力も増えて行きますが,常態ではほとんど周辺摩擦力で支持されている場合もあります。このため,あまりに短い杭(長さが径の5倍以下)は支持力を低減します。

 ちなみに,場所打ち杭の先端支持力は,N値という地盤の硬さを表す値の50倍と計算します。単位はkN/㎡です。N値は最大でも50程度にしか評価しませんが,それでも2500kN/㎡になります。一方,杭を介在せずに直接支持地盤に建物の基礎を設置させる直接基礎では,岩盤でも1000kN/㎡,密実な砂では500kN/㎡程度です。仮に,直接基礎と地盤の間に薄いコンクリートを挟み込み,杭とみなして計算すれば,一気に支持力が計算上は数倍になるのです。この様なことを防ぐ為に,杭が短くなるにつれ,直接基礎の支持力に近づくように低減します。

 このような事情で,少々の杭の施工不良では不具合が顕在化することは少ないのです。このため,中途半端な経験から「問題無いさ」とタカを括り安くなります。しかし,周辺摩擦力を期待できないような地盤では,不具合が現れる可能性が高くなります。

 安全余裕がありすぎると,それを期待してかえって危険になる例です。余裕は余裕なので,最初から頼ってはいけませんね。