「特定できないもの」が原因であると特定する。

SIVADさんの記事には、次の記述があります。
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130704/p1

>機序はわからなくても、少なくとも疫学的には、『なんらかの化学物質による微量の曝露が原因であろう』と疫学的にとらえられるケースは報告されています。
Chemical sensitivity: pathophysiology or pathopsychology?

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23642291(総説)

まず、その報告にsivadさんが要約したようなことが書いてあるのか疑問ですが、そう書いてあるとしたら、原因物質を特定することなく『なんらかの化学物質による微量の曝露が原因であろう』と疫学的にとらえられるというのは不思議に思えます。

化学物質過敏症になりやすい人はどのような人か捉えるのなら分かります。過去に多量の化学物質の暴露を受け中毒になった経験が有る人などが多そうですから,疫学調査をすれば分かると思います。この場合は「なんらか」ではなく、特定されますから。

しかし,候補不明のまま,「何らかが原因であると特定する。」というのは、矛盾というか,何も特定していないと言っているに過ぎません。

ただ,「何らかの化学物質」となると微妙です。物理的刺激,光(電磁波)刺激,放射線刺激あるいは精神的ストレス等ではなく化学物質であると,候補を絞っているからです。とはいえ「化学物質」ではあまりに範囲が広すぎます。実際に疫学調査をするに当たっては,「何らかの化学物質」では調べようがないのであって,具体的に例えばホルムアルデヒドなどと決めなければならないのではないでしょうか。このように一つ一つの化学物質について調べた結果なら,多種の化学物質が原因と言えるかもしれません。しかし,具体的には分からないが何らかの化学物質が原因であるなどということは調べられるのでしょうか?

さらに難しそうなのが「超微量」ということです。実験室内の試験なら「超微量」をコントロール出来るかもしれません。負荷試験その例です。

それに対して,疫学調査では多数の患者さんについて,共通する因子を見つけ出し,それが一般の集団(対照群)に比べ多いと分かれば,それが原因ではないかと推測出来るわけです。例えば,食中毒患者の多くが、ある食堂で食事していたのであれば,その食堂が怪しい。

ところが,超微量の化学物質なら一般の人も暴露しているわけです。一般の人には反応しない超微量でも反応するのが化学物質過敏症なのですから。つまり,比較対象として,超微量ですらない,暴露皆無の状態というのは実験室で人為的に作らない限り存在しません。従って,疫学調査では無理に思えます。

杉並病の訴えがまさに,その困難さを現しています。空気中の有害物質濃度が一般環境とさほど違いのない期間については,中継所の責任は問われませんでした。CS患者さんは,その程度の有害物質でも発症すると主張したのですが,そうだとすると,中継所近辺以外でも発症が見られなくてはいけません。仮に中継所近辺以外でも発症が見られたとすると,中継所が原因とすることは出来ません。中継所近辺だけで発生しているなら,中継所が原因と推測出来ますが,今度は化学物質が原因とは言えなくなります。中継所近辺と一般環境では有害物質濃度がほぼ同じなのですから。

同じことの繰り返しになりますが、もう少し一般的な言い方をすれば、次のようになります。

化学物質の多量の暴露を受けると,体が過敏に反応する様になるということは確かめることができます。ここで,何に過敏に反応するのかは分からなくても構いません。体の調子が悪くなるということと、「発病」の原因の化学物質の関係さえわかれば良いからです。

一般環境で普通の人と変わらない生活をしていても体の調子が悪くなる患者さんを多数調査すると,過去に化学物質中毒の経験者が多かったのなら,それが敏感に反応するようになった原因だと推測出来ます。

次に,何に敏感になったのか調べなければなりませんが,一般環境で,普通の人と変わらない生活をしていても,体の調子が悪くなるのですから,何に敏感に反応するようになったのかは簡単には分かりません。刺激への敏感さが増したのであって,なんらかの刺激が増えたのではないからです。

これが,疫学的に何に敏感になったかを調べることが困難な理由です。刺激が変化したという状況が無い限り,その刺激が原因かどうか調べようが無いわけです。

結局,刺激の方を人為的に変化させて比較する負荷試験などでしか調べようがないのだと思います。

ただ、以上は思弁的な考察に過ぎません。一見不可能に見えても、うまい方法があるのかもしれませんが。