ケーキ屋さんの検査

 「建築業界の信頼性」http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20160914/1473844032で、調合強度の規定が奇妙だと書いた。「自分の能力に応じて目標値を設定せよ」という何も規定していない規定だからだ。買う立場の注文書に、売る立場の内部規定のようなことが書いてあるのである。感覚的にわかりにくいかもしれないので、例によって例え話にしてみる。

 お客がケーキ屋さんに、美味度24のケーキを注文した。美味度とはおいしさの程度を表し、数値が大きいほどおいしい。(そんなものは存在しないが、例え話なので容赦願いたい。)納入品が注文を満足しているか検査を受けなければならないが、納入品を味見するわけにはいかない。なぜなら、お客はケーキをプレゼントにするからだ。そこで、ほぼ納入品と同じレシピで作ったミニサイズの見本を味見検査する。見本が美味度24以上あれば、納入品も同等とみなすわけだ。

 ただ、同じレシピで作っても、パティシエの調子によって、出来不出来のバラツキがあるので、美味度24を目標にしたレシピで作れば、平均が24になってしまい。50%の確率で不合格になってしまう。そこで、余裕を見た目標美味度30のレシピでケーキを作ることにした。余裕度はそれぞれのパティシエの腕によって異なり,28だったり,31だったりする。

 普通、個人客は美味度24しか指定しない。それを達成するための余裕度はケーキ屋の判断である。出来不出来の差が激しいケーキ屋さんは大きな余裕度を見た方がよいし、安定した品質に自信があれば余裕は少なくてよい。とはいえ、お客としても、あまりにも出来不出来の差の大きいパティシエに頼むのは不安であろうから、余裕度も指定することもありうる。スーパーがケーキ屋さんから仕入れるような場合などである。これは、品質の安定度も求めることを意味する。

 ところが、「公共建築工事標準仕様書」では、具体的に余裕度を指定せずに、それぞれのケーキ屋の腕に応じた余裕度に基づいてレシピの目標値を決めよ、とだけ規定しているのだ。「味見検査に合格するように、余裕をみておきなさいね」というケーキ屋のことを慮っている親切な助言とはいえる。しかし、仕様書に規定する要求事項とは言えない奇妙な規定である。別の例えをすれば、「材料は○○産の小麦粉を使用すること」ならば、仕様書の規定らしいが、「材料は、美味度24を達成可能な良いものを使用すること」は言わずもがなのことである。

 このようなことになっている事情は推測できる。「公共建築工事標準仕様書」のこの規定は、日本建築学会の標準仕様書JASS 5をそのまま持ってきたものだ。そして、JASS 5の執筆者には大学の先生などの他に、生コン業界関係者が入っている。おそらく、原案は実務的な知識が豊富な生コン業界関係者が作っているはずだ。そのため、注文するお客の立場であるべき仕様書に、作って売る立場の視点の規定が紛れ込んでしまったのだろう。それぞれの生コン工場では自分のところの製品のバラツキは分かっているので、注文条件を満足するためにバラツキに応じた余裕度で調合強度を設定しているのは当然のことだ。

 ついでに、もう一つの奇妙な点も例え話にしてみる。

 ケーキの材料の小麦粉はケーキ屋さんが別の食料品店に注文する。その際に、ケーキにしたときに美味度24以上になるような小麦粉であることが必要なので、それを条件にしないといけない。問題は、その条件設定と確認の方法である。困ったことに小麦粉のままではわからず、実際にケーキを作ってみて味見しないとわからないのである。しかし、ケーキを作る工程はケーキ屋さんの責任であり、その良し悪しで結果が判定されては食料品店はたまったものではない、そこで、味見見本の標準的な作成方法を決めて、それに従って作った見本を味見して判定するのである。このようにすれば、ケーキ屋さんの技量に左右されず、小麦粉の品質が分かるというわけである。

 では、ケーキ屋さんの技量はどのようにして判定するかというと、小麦粉の検査に使うのと同じ見本を使うのである。不都合なことに、この見本にはケーキ屋さんの技量は反映されない。技量を知るには、見本ではなく納入するケーキを少しちぎって味見すればよいが、それだと商品にならない。

 この問題の解決はなかなか難しい。大量生産する工場製品ならば、抜き取り検査によって、最終的な製品の検査が可能である。しかし、一品生産の建築では困難である。解決策として強度を非破壊検査で調べる方法がある。いわば、食べずに味が分かる検査である。ただ、現状の非破壊検査法は精度があまりよくない。あくまで、生コン工場とゼネコンの両方の検査が必要という考えならば、精度の良い非破壊検査法の開発が必要だろう。それが出来ないといって、同じ意味しかない検査を2回行うのは無駄ではないだろうか。