勝ち目のない裁判をする理由

 終わってみないと分かりませんが,HPVワクチン薬害訴訟は,とても原告に勝ち目があるようには思えないのですよ。勝つためには,仮に接種と症状に因果関係があったとしても,それぞれの患者さんの接種時点で,危険性を被告が認識してなければなりませんね。それ以前に,前提の因果関係は証明されていないどころか,WHO,日本産婦人科学会をはじめとして専門家の見解は殆ど否定的なんですから。

 因果関係があっても,責任が問われなかったのは安部英医師の薬害エイズ裁判です。後に,血友病治療の非加熱製剤がエイズの原因であることは証明されました。しかし,被害者に投与された時点では不明でした。ウイルスの専門の研究者ですら議論があった当時,血友病の臨床医である安倍英医師に分かるはずもなく,無罪の判決となりました。さらに,安倍医師は非加熱血液製剤血友病患者にとっていのち綱であり,それを止めること,あるいはクリオ製剤に戻ることは患者にとって大きな危険があることを熟知していました。もちろん,エイズ感染のおそれも危惧されていましたが,はっきりしたことは分かっていませんでした。非加熱製剤を止めれば安全とは限らず,危険かもしれなかったわけです。当時は,楽観的な見解が多いなかで,もっともエイズ感染の危機感を持っていたのが安倍医師だったようです。その安倍医師ですら苦渋の判断で非加熱製剤を使ったと,裁判の記録から読み取れます。

 これに対して,HPVワクチン裁判原告団の接種時期は2010年7月〜13年7月です。この時期に,非加熱血液製剤ほどの危険性が認識されていたとは思えませんね。現在ですらそうなのですから。あえて言えば,国が積極的な接種推奨を中止したのが,13年6月なので,13年7月接種者がどうかというぐらいです。しかし,推奨を止めただけで,現在でもわずかながら接種は続いているわけですよ。接種差し止め請求はしなくていいんですかと聞きたくなります。

 一体何故このような患者さんにとって何のメリットもなさそうな裁判をするのか不思議ですが,現実には過去にも同じような例があるのですね。イレッサ裁判では,主治医の説明不足を問えば有罪に持ち込めたのに,国や製薬会社の責任を問題にしたため,原告は敗訴しました。弁護団は患者の利益を無視した方針で裁判に臨んだと批判されています。今回の裁判はその教訓から何も学ばず,二の舞のなると指摘されていますね。

 HPVワクチンの場合でも,個々の接種例では,体調等を考慮しない不適切な接種がなかったとも限りません。その場合は,個々の医師の責任が問えるケースもあるかもしれません。患者の利益を考えれば,その線を探る方がよさそうに思いますが,なぜかそうはなっていません。

 弁護団にとっては,勝ち負けはあまり報酬に影響しないので,国や大企業を相手にした目立つ裁判の方がメリットがあるなどというのは,下司のかんぐりでしょうか。患者にとって勝ち負けの見込みは重要だと思うのですけどね。あの猫裁判じゃないのですから。