医療不信は医療過信の裏返し

「子宮頸がんワクチン訴訟」で明らかになった「情報」と「制度」の不足

筆者は、この報道を聞いて、暗澹たる気持ちとなった。なぜなら、訴訟が問題解決に有効とは思えないからだ。
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私は、薬害問題を根本的に解決するには、すべての国民が助けあう無過失補償制度しかないと思う。

http://www.fsight.jp/articles/-/41084

 訴訟を起こすということは,何らかの過失があることを前提にしていますね。過失の責任を問い,賠償を求めるのが目的です。しかし,過失の立証はほぼ不可能だろうというのがリンク先の上昌広氏の見解です。過失がなければ,被害を受けた人は運が悪かったとあきらめるしかなく,救済は受けられないことになります。昔はそういうものでしたが,最近は面倒見のよい社会になって来ていて,みんなで助け合う保険や国が救済することもあります。国の救済は元をたどれば国民の税金ですから,これもみんなで助け合う制度です。上昌広氏は子宮頸がんワクチンの被害(因果関係が不明でも)についても同様の対策が必要という意見で私も同感です。

 しかし,みんなで助け合いに釈然としない人もいます。過失を犯した犯人がいるはずで,その責任を問わずに無関係の「みんな」が賠償の肩代わりをするのは納得できないという感情です。この感情は医療は完全であり,過失がなければ被害は生じないという医療過信が根にあるように思います。運が悪いなとどということはありえず,被害には必ず「犯人」がいるという信念のようなものです。

 実は,医療以外でも同様の状況があります。例えば,道路管理過信があります。道路に穴が開いていて,そこに転落して怪我をすれば,道路管理者の責任をとい,賠償を求めることができます。ところが,最近は石ころにつまずいても,賠償を求めるクレーマーのような人がいて,道路管理者は困惑しています。このクレーマーもどきの人は道路は完璧に管理されるべきで,石ころ一つ落ちていてはならないと考えているわけです。昔の道路事情の悪い時代には考えられなかったことですが,道路管理が良くなった現代では道路管理を過信する人が増えているのかもしれません。運が悪いなどということは我慢できないのです。ただ,道路管理に過失はなく,運が悪いだけの場合も障害保険に入っていれば,或る程度の救済は受けられます。でもなんとなく気が収まらないのかもしれません。

 医療に話を戻しますと,子宮頸がんワクチン接種後には,有害な事象も見られますが,その頻度はワクチンを接種していない場合と変わらず,ワクチンの副作用なのかどうかはわからないと上昌広氏は述べています。医療にはわからないことが沢山あります。個人的なことですが,この3月中旬ごろに激しい咽頭炎になりました。1週間ほどで回復しましたが,ぶり返し,首のリンパ節が痛み出し,頭痛と耳の痛みが続いています。お医者さんも首をかしげています。ここはセカンドオピニオンを求めて別の病院にいった方がよいだろうかと悩んだりしています。仮に他の病院で別の原因が見つかったとしても,最初のお医者さんの誤診を訴えようとは私は思いませんし,思う人も少ないでしょう。そもそもセカンドオピニオンという言葉が,医療の不確実性を現わしています。

 私の経験程度のことは多くの人がしているはずで,訴訟という事態には進みません。ところが,個人レベルを超え,ある程度まとまった患者さんが出てくると,なにか特定の原因や過失があるのではないかという疑念が強くなるようです。子宮頸がんワクチンや化学物質などは,そういう特定の原因として疑われます。しかし,特定の原因はなく,様々な原因と症状の寄せ集めという可能性もあります。その場合,一人ひとりの患者さんの症状を詳細に観察しないと原因は分かりません。集団を形成して特定の原因を前提にしてしまうと,訴訟で忙しくなり,肝心の症状の治療が隅に追いやられかねませんし,助け合いによる救済も行われなくなります。

 突然,人間から魚に話が飛びますが,葛西臨海水族園のマグロ大量死の原因は単一の要因ではなかったようです。

葛西臨海水族園
マグロ類の死亡原因の調査結果と展示について

2 死亡原因の調査結果と対策

 専門家の助言を得ながら、別紙2(1) のとおり死亡原因調査を行ってきましたが、単一要因によって減少に至ったとは特定できませんでした。
 また、影響を与えた可能性がある複数の要因について、別紙2(2) のとおり対策を講じた上で、段階的に魚の導入を進め、マグロ類の再導入から約10ヶ月が経過しましたが、現在も水槽内の環境は安定しています。
 これらのことから、以前のマグロ類の減少は単一の要因によるものではなく、間接・直接的な複数の要因が時に重層化し、複合的に作用したものと判断しました。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2016/04/20q47500.htm

 この発表に対して,「いや、何かあるだろ!どう考えたって。何やってんだよ、公務員。」という反応がありました。この反応はマグロ研究過信という気がします。確かに,「間接・直接的な複数の要因が時に重層化し、複合的に作用」なんていわれてもすっきりしません。「飼育員の過失が原因」と割り切ってくれる方がスカッとします。でも,そういう原因は,あるかもしれないし,ないかもしれません。マグロの死因は完全に解明されてるというほど確実ではないことは,人間の医療の不確実性と同じじゃないかと思います。