注意喚起が事故を招く

(前々記事,前記事から続く)

 いろいろ考えると,非常通報への対応よりも,ベビーカーがドアに挟まっていることに車掌さんは何故気づかなかったかが重要に思えて来ます。そして皮肉なことに非常通報が車掌さんの目視確認の集中力を妨げたことも考えられます。

20代の女性車掌はなぜ緊急ブレーキをかけられなかったのか…あわや大惨事、見過ごされた4つのチェックポイント  産経ニュース

4両先、わずか80メートル先を引きずられているベビーカーが見えないのはどういうわけなのか。
http://www.sankei.com/premium/news/160406/prm1604060007-n1.html

 おそらく,見えてはいてもドアに挟まっていると認識できなかったのかもしれません。要するに錯覚です。車掌さんとベビーカーの間隔は変化しないので,止まっているように見えてしまうという錯覚です。止まってるように見えると,見えていても意識に上らず,記憶にも残りにくくなります。ベビーカー以外にも様々なものを見ているはずですが,異常だと認識しなければ,一々覚えていません。

 しかし,そんな馬鹿な錯覚があるのでしょうか。私には分かりませんが,似たような錯覚はあります。見通しの良い交差点に向かっているときに,交差する道路を交差点に進入してくる車が止まって見え,出会い頭に衝突という錯覚です。この錯覚のポイントは直交道路の車の見える角度が変わらないということです。自分が交差点に近づく速さと直交道路の車が近づく速さの関係で,見える角度は変わらない場合があります。そうすると止まって見えるらしいのです。この場合は,角度は変わらなくても,大きさはどんどん大きくなって来ます。にもかかわらず止まって見えます。

錯覚が招く「衝突」 見通しはいいのに…  毎日新聞

日本自動車研究所(東京都)の内田信行・安全基盤グループ長(48)によると、事故原因は人の視覚の特性にあるという。人の目は中心でものを捉えており、視野の周辺は動きのないものを認識しにくい。直進中に、左右から別の車が同じような速度で近付いてきた場合、視野の隅の同じ位置にあり続け、相手が止まっているような目の錯覚が起きるという。
http://mainichi.jp/articles/20160214/k00/00e/040/139000c

 これまた,そんな馬鹿なと思えますが,錯覚は大抵「そんな馬鹿な」ものです。「バスケット ゴリラ」という有名な錯覚があります。ご存じ無い方はリンク先の「パスの回数を数える課題」を試して見て下さい。

バスケットゴリラ YOU TUBE
https://www.youtube.com/watch?v=P-PP35A0vHw&noredirect=1

 他のことに気を取られると,目の前のものも見えなくなってしまうのですね。ベビーカーが見えなくなる錯覚は普通の状態では起こらないとしても,非常通報への対応に気を通られると有り得るかも知れません。パスの回数カウントという注意力の負担がゴリラを見えなくするようにです。

 事故が起きると,すぐに注意喚起という対応になりがちですが,これが新たな事故を招く可能性もあるのではないかと。